愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

岡村靖幸『家庭教師』レビュー

第1 雑記

  1.  レビュー2作品目は岡村ちゃんの『家庭教師』。どうやら邦楽の方が歌詞を解釈しうる余地がある分レビューしやすいらしい。とはいえ,岡村ちゃんの歌詞は・・・難解。まあ,そこがいいんだが。
  2.  本作品は,シンガーソングライターダンサー岡村靖幸のオリジナルアルバム第4作。変態的だが,耽美的で弱さも垣間見える。どの曲もイントロを耳にしただけでテンションがあがる。全体が動きと静けさに満ちた構成である。独自性を発揮し,岡村節炸裂。 個人的に,浪人期間中にはよく聞いていた。確か,タワレコの名盤紹介コーナーの記事を見たのがきっかけ。
  3.  評価方法は承前。

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第2 CDの評価

  1 各曲の評価

    1. どぉなっちゃってんだよ

                ★★★★★

(1) 初聴ですべて持ってかれた。どぉなっちゃってんだよ,この曲,このアルバム,この男。

   ファンクを知らない私にとって,この衝撃は初めてプログレを聴いて以来の衝撃だった。

    今思えば,岡村ちゃんはプリンスの影響を抜け切って,独自の感性で表現をしている。バブルという時代背景をも味方につけ,しかもベストを出した直後であり,靖幸ちゃん,脂がのりきっている時期なのだ。

 

 

 

  (2) どぉなっちゃてんだよ,というのは岡村ちゃんの叫びでもある。

    確かに,歌詞そのものは男女それぞれが敷き詰められたレールに従って生き ていくさまを描いている。

     が,「無難なロックじゃ楽しくない」は本人の心情の吐露だろう。「人生頑張ってんだよ」は,人生は,レールの上を走るのさえ難しいという辛さを表現している。共感するところがある。日々そうやって生きているから。

    

  (3) 例によって,歌詞のある部分以外の曲作りがすごいのだ。

 

   アウトロの「どぉなっちゃってんだよ」や無声音。

 

   案外サウンドは重厚だ。冒頭から低音が安定しているから,岡村ちゃんの高音がマッチする。

 

   岡村ちゃんの声もベスト。

   麻薬使用後の声がくぐもっているだけに,それ以前の声はただでさえよいが,  

  そのことを措いてもこの時期はキレている。 


   PVでのダンスは抜群とはいえないが,太った後に比べると格段に良い。

 

(4)なお

  ちょっと上で触れたのだが,この人,のちに麻薬で捕まっている。

  ファンは逮捕のときは,「どぉなっちゃってんだよ。週刊誌が俺について書いていることは全部ウソ」だといってくれよ,と願ったはず。私だけではないはず。    

     2 カルアミルク

   ★★★★★

  1.   「どぉなっちゃってんだよ」からの落差。アルバム全体が動静を1曲ずつ繰り返す。よくできている。
  2.  Bank Bandのカバーやクラムボンのカバーから入る人が多いかも。そのイメージをもって聞くと,岡村ちゃんの声が固くとがってきこえて,食わず嫌いになりかねない*1
  3.  バラード。個人的には,バラードでは,「真夜中のサイクリング」や「ペンション」のが好きかな。最初聞いていたころはよかったんだが,万人受けする感じが,岡村ちゃんらしくないとか,ひねくれてみてしまう。

   この人の良さは,変態性が赤裸々で,自分を何も偽らない点。それがかえってかっこよいところなので。星でいうと4つ半かも。

 4 ただ,「優勝できなかったスポーツマンみたいにちっちゃな根性身に着けたい」という視線は優しい。

 私は,中学生くらいまでは流川楓のカリスマ性に魅かれていたわけだが,挫折を味わうと,三井寿に魅かれる。

 ・・・

 ・・・

 もっとわかりやすく喩えるか。笑

 例えば,オリンピックで優勝した選手がもてはやされる。これは当然だ。

 だが,その裏でその選手以外はほぞをかんでいる。悔しい思いをしている。優勝選手以外だって,もちろん必死に努力をしている。しかし,それでもなお,結果が物をいう世界だ。手放しに賞賛されることはない。

 そして,多くの人は勝てない。人生だってそうだ。だから,我々は努力したがかてなかった,ちっちゃな根性を持つ人に感情移入するし,そういう見えない部分を想像して,みつけられることがやさしさだと思う。

    3 (E)na 

  ★★★★★

1 冒頭

 「なーなかなかなかなかなかなかな」で手を挙げて前後にカクカクさせましょう。これはデートの定番です。特に,初デートでお試しを。

 

 

 

 

 

 

 

 

  なお,デートとは,岡村ちゃんのライヴを指す。

  それ以外のデートでする場合は,自己責任でお試しあれ*2

 

 

 2 タイトル

 かっこいーのえぬえー?かっこいーのえぬえー乗?

 のんのん,

 

 かっこいーなと読みなはれ。笑

 

 3歌詞

  (1)彼氏になりたい男が女に入れ込んじゃってお金がない状況の描写が基本線。

  (2)「僕らがいつか大人になった時 こんなことしてちゃ 絶対戦争すりゃすぐ負けちゃう」は,岡村ちゃん流の歌詞作りかな。

   岡村ちゃんは,どこかのインタビューで「作曲はすぐできるが,作詞は困難」と述べている。

 ここでは,主観的な観点から作詞を続けていたところを,一歩引いてこれを客観視して批評を加えて作詞している。苦悩の跡。

 

 4 独特なのは,打ち込んだような音。9秒目から「たったかたか」とはいって続くやや高い音だ。この音があることで,浮遊感が増す。本線のファンクと微妙なずれが生じているからだろう。 

 アウトロは全開だ。

 

    4 家庭教師

  ★★★★★

 (1)表題作

  家庭教師として社会を憂う岡村ちゃんが世の中に意見を・・・

 

 ・・・なんて内容になるはずがなく,もちろん教え子「エリコ」の最終家庭教師として,岡村ちゃんが変態性を発揮し,迫る迫る。

 (2) 語り

  本編部分だけで十分気持ち悪いんですが*3,3:20秒過ぎから始まる「語り」が,このアルバムのハイライトかもしれな い。

 

    延々と語り続けるが,ひとまずその部分を読んでもらいたい。下記のとおりだ。

 

セリフ)
「...で、NYの株が暴落してそれが第二次世界大戦の勃発に繋がって...
 え? じゃあ休憩しようか。よしそれじゃね手相、手相見てあげようか
 え? 違う違う。両方、り・ょ・う・ほ・う」
「あー、うん、それじゃね、お金を使わないで幸せになる方法教えてあげようか」
「まずこうするじゃない、こうして、こうしてさ........、うん、ここにキスして...」
「僕はここに弱いんだよ。う,,君は?...ここ?ここ?........ここ?」
「僕はベッドの中じゃすごいって日本じゃ有名なんだよ」
「ふたりでさ、革命起こそうよ....、こうやって....こうやってだよ!......」
「ちょっと触ってみて。え,なに。う......、、、う、、うッ!!」

     うん。

   もう,なんていうかね。2分半。ここを聴くためだけでも,このCDを手にする価値あるよ。笑

 

 大恐慌から休憩に入り・・・手相w

 矢継ぎ早に,お金を使わないで幸せになる方法。よく口が回るわ笑 なんか発展途上国が浮かぶし。

 僕はベッドの中じゃすごいって有名なんだよw二人で革命www

 

 家庭教師による保健体育の勉強・・・

 ある意味,中学二年生がそのまま大人になった感じ。突き抜けた人ってすごい。中途半端が一番よくない*4

 (3)音作り 

 冒頭のアコギがそそる。何が起こるか不穏な雰囲気。

 

そこから始まる

「ぶーしゃか」節*5

 大体そうなのだが,この曲も低音がしっかりしている。だから,岡村ちゃんの声が映える。

 

 泣き声が入った後は2番。完全に劇場w

 

 

 (4)歌詞

 もう何聴いてもエロく聞こえる。露骨なエロより変態性がにじみ出たエロ。チラリズムの方が想像をかきたてるように,この歌詞は想像をかきたててはるかにエロい。

 「撫でちゃいたいかい僕の高層ビルディング」がエロなのはわかるんだが,「村会議士」までエロく思えてくる。笑 不思議な歌詞。

 

 

 

 (5)雰囲気

  このデカダンな雰囲気がよい。頽廃的だ。世紀末。いずれははじけるバブルにのっかって刹那を楽しむ。これまでの岡村ちゃんのアルバム作品は,この辺の耽美性はなかった。この点が彼の他の作品と区別される理由であり,この曲は象徴的だ。

 

 

 

  

 5 あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう

   ★★★★★

⑴雰囲気が

 陰湿から一転,爽快。笑 狙い通りだろうが。

 

⑵タイトル,さらに歌詞

 ア タイトル

 もうこれくらい青春っていう瞬間を知らない。

 好きな女の子の顔を想像しながら,高校の部活でロングシュートを打つ瞬間。

  

 イ 歌詞

 そして,歌詞も見事な描写だ。

 「あともう15秒で35連敗。・・・誰もがもうあきらめて苦く微笑むけれど」

  

 「あともう15分でこの街とお別れしなくちゃ。」

 

 人間追い込まれてようやく分かることがある。

 続く,

 「さびしくて悲しくてつらいことばかりならば あきらめて構わない

  大事なことはそんなんじゃない」

 は岡村ちゃん出色の作詞と思う。

 

⑶音

 ベースラインがあおってくる。これが本曲の疾走感の主因。

   

6 祈りの季節

  ★★★★
⑴ 評価

  このアルバムではこの曲だけ★4つだ。 

 ほかがすごすぎるので割を食っているだけかもしれないが,実際,「どうしてこうなった」。中途半端にいじくったな,という印象が残る。

⑵雰囲気

 5と打って変わって重厚。チャールズミンガスのような濁ったサウンドが特徴。

⑶歌詞

 独自の視点で,日本の高齢化を憂う。岡村ちゃんは案外社会派なのだ。この後の作品で,援助交際を憂うものもある*6

 「選手が足りなくなってオリンピックに出られなくなる」という視点はセンスを感じる。

 また,「セックスしたって誰もがそう簡単に親にならないのは,赤ん坊より愛しいのは自分だから」というラストは核心をついていると思う。

 

 なお,冒頭が「性生活は満足そうだが・・・」で始まるので,頭でリピートされ続けた結果,仕事場や家族のいるところで歌いださないようにしたい。出世にかかわる。笑

⑷ラスト

 7ビスケットLoveとはつながっているのだが,一瞬飛ぶのが気になる。

 

    7 ビスケット Love

 ★★★★★

⑴特徴

  ①「ぶーしゃか」という無声音と,②子供の声は,岡村ちゃんサウンドの代名詞だ。

  特に,この曲では②子供の声が多用される。子供たちの「おーいえー⤵」に対し,岡村ちゃん「おーいえー⤴」って突っ込んでるくらいだし。

 

⑵歌詞の世界

ア 総論 

 セックスは好きだけど,人間同士が付き合うときって,ほかにもっと大切なことがあるんじゃないという主張。それを意に介さぬ痴女,びっちびっち笑

イ 語り(独白)

 歌ってるんだが,語ってるんだかわからないが,この部分はとても耳に残る。

 ①「僕のチャームポイントは体だけ?」

 思わずわが身を振り返る歌詞だ。男女を置き換えて,世の男性は愛情を持って女性に接しているか,気にしたほうがいいのかも。笑 少なくとも私は,身につまされる。

 

 ②「スッペイン料理屋」

 これが特に耳に残る。友人としゃべっていて,スペイン料理屋の話が出ると,「スッペイン料理」と思わずひとりごち,呟いている自分がいるw

 

 ③岡村ちゃん「あのー君がこれやってるときって一番幸せっていうときってどんなとき」女「(喰い気味に)セックス」岡村ちゃん「えっ」・・・苦笑「今日学校どうだった?」 

 

 (ア)「セックス」との関連について

 

    岡村ちゃんは,のちに「セックス」という作品をつくっている*7

 

 その作品では,「あんときいったろ」という言葉が繰り返される。私は,この「セックス」の「あんときいったろ」について,本作品(ビスケットLove)でビスケットマドンナが喰い気味に「セックス」と「いったろ」と,男が後日指摘している,と解釈している。

 

 だから,「セックス」は,この曲の男とビスケットマドンナとの後日談だと思う。しかも,セフレ的な関係が続いているのではないか。あるいは,責任をとって結婚したか(先輩に押し付けられた?)。

 

 想像が膨らみ面白い作品。

 

 

 いずれにせよ,本作品の男は,女性に期待をかけたりロマンを求めたりするが,セックスの男は女性に絶望している。

 

  (イ)苦笑からの「今日学校どうだった?」

 は秀逸。さんざんの説得に対し,全く寄りつくしまがない女。「今日学校どうだった?」は様々な含みがあって,たとえて言えば,「第三の男」のラストシーンのアリダヴァリを思わせる含み。

 

   8 ステップ UP↑

 ★★★★★

 

(1)歌詞

 

 「僕はステップアップするため,倫社と現国学びたい」とサビで連呼する。そのセンス。心意気。数学と英語じゃだめなのか。人間としての品位を磨くのであれば,倫社と現国,という判断なんだろうな。笑

 

 前者は教養だし,後者は文章力と文脈を読み解く力の向上。

 

(2)独白

 は,この曲では裏目に出ていると思う。

 「マーチ」と指示して,ブラス含めてマーチを奏でだすのは愛嬌だが,

 「ひとりぼっちじゃばばんぼう,ふたりじゃなきゃばばんぼう」はさすがに寒い。

 

(3)音作り

 複数の管楽器の掛け合いが見事。「想像してご覧,想像できる」のあとなど,特に。 

 ベースラインがうなるよう。 

 

   9 ペンション

 ★★★★★  

(1)世界観

ア総論

 妄想の産物だが,ここまで特異な状況を想像できるのは才能。普通の人間は自分の置かれている状況を基底に想像を膨らませるだろうに。

 

イ「雑誌を見て・・・」

 「雑誌を見て『このペンションの食事に連れてって』だなんて,そんなに学校でもしゃべったりしたことないじゃん 僕と」

 その前の時点で「おんぶ」と言っている時点でおかしいけど,それ以上にここでの違和感が異常。まあ,妄想だからな笑。

 普通の女の子は,そんなに学校でしゃべったりしたことない男と「ペンション」にはいきません。笑  岡村ちゃんは,童貞否定しているけど,女性経験は少なそうだ,という意見の一論拠。

 

ウ「平凡な自分がほんとは悲しい 君のために歌の一つでも作ってみたい」

 ア総論でのべたように,(というか散々ここまで述べてきたように),岡村ちゃんが平凡なわけはないんだが。まず,「ペンション」のシチュエーションを考えられる時点でぶっとんでるよ。笑

 しいて弁護すれば,「歌の一つもつくれないこと」が平凡といっているわけで,

 岡村ちゃんが,どこかのインタビューで作詞は苦手と述べていることは前述のとおりであるし。また,「歌」は「リボン」にささげるラブソングになるはずであり,そのようなピュアなラブソングは,変態である岡村ちゃんには難しいのだろう。笑

 たとえば,「いつか青春を振り向いたとき,最高の夏,そして一番美しく心にともしたい」みたいな歌詞を作るのは苦労が伴うわけだ。

 

エ「あだ名から・・・」

 「あだ名から『さん付け』よびへの距離を測れないだなんて ちょっぴりぼくより大人だね ねえリボン」

 議論があって,「『さん付け』からあだ名へ」の距離だろ?という意見が多い。二人は親しくなるんだからさ,という理由だ。

 

 しかし,これは変ではない*8。 

 リボンにとって,成熟した大人(たとえば,読んでいる雑誌にあるような)は,互いをさん付けで呼びあう,つつましい関係なのだろう。岡村ちゃんは,リボンのそういう意見を聞いて,そういう関係を目指しているんだ,大人だね,と思ったわけだ。

(2)ラスト

 を占めるにふさわしい落ち着いたバラードだ,曲自体は笑

 アウトロは,ああ,「家庭教師」が終わっていく,という物悲しい気持ちに駆られる。

 

 

10裁量点

 (1)アルバム全体

 バブルの一瞬を謳歌するが,崩壊をはらむがゆえの弱さをも表現する耽美さという一貫した(無意識的)コンセプト。動静を一曲づつ繰り返す構成を評価する。

 双方合わせて一本で★5つを裁量点とする。

 ⑵その他

  なし。

第3 CDの総合評価

 

⑴計算式

ア5+5+5+5+5+4+5+5+5+5=49

 

イ49÷10=4.9

 

ウ4.9×2=9.8

⑵結論

 傑作。

 

 

 

なお,レビューには気にくわない部分があり,リライトの予定である。

 

*1:特にクラムボンのカバーは柔らかく別の味わいがある。

*2:ライブの定番の動き。笑。

*3:褒めている。私は変な曲が大好物だ

*4:これはRADWIMPSの歌詞でも思う。

*5:もとは,Sly だったかEarth wind and fireだったか。

*6:「ハレンチ」

*7:セックスではなくジェンダーを扱っている.ジェームスブラウンぶりの強烈なファンクソング。JBのsex machineへのオマージュとしての側面があるのかもしれない。

*8:最後の「ねえリボン」は変だが。大体それあだ名だしw唐突に呼ぶなよー