愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

俳句

月見

蟻の列蟻の骸を避けにけり 雷の一筋沖へ分れけり 小野あらた

名月

十六夜や囁く人のうしろより 加賀千代女 栗飯のまつたき栗にめぐりあふ 日野草城 街の灯の一列に霧うごくなり臼田亞浪 別れ来て栗焼く顔をほてらする 西東三鬼

無月

牛の糶雪蹴散らして始まれり 大高松竹 銀杏にちりぢりの空暮れにけり 芝不器男

待宵

炎天を大きな耳の過ぎゆけり タイムカード押し雪掻に加はりぬ 登山ザック老犬のごと足元に 髪かけて耳みづみづし聖五月 椎名果歩

杉良介

形代のふたり離れて流れ出す 口笛に高音の出て愛鳥日 みちのくの桜に籠る天守かな 大根の肩そびやかす奴を抜く そこでなと間を置き榾を裏返す 和讃 花びらをひろげつかれしおとろへに牡丹おもたく萼をはなるる 木下利玄 我声の風になりけり茸狩正岡子規 茸狩…

雲隠れ

金色の尾を見られつつ穴惑 竹下しづの女 みみず鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ 富田木歩 紫蘇の実を鋏の鈴の鳴りて摘む 高浜虚子 紫蘇の実も夜明の山も濃紫木下夕爾

上弦から弓張へ

秋風や水に落ちたる空のいろ久保田万太郎 コスモスの風ある日かな咲き殖ゆる杉田久女 いちまいの刈田となりてただ日なた長谷川素逝 啄木鳥や日の円光の梢より 川端茅舎

しなだしん『隼の胸』及び『夜明』抄

『隼の胸』 さくらからさくらへ鳥のうらがへる 紙漉のをんなのかほもながれけり 夜を来る馬の輪郭星涼し うたふとき鯨の鰭のやはらかし 『夜明』 屋根のびてきて屋根の雪落ちにけり 半島も海もさかさに鳥の恋 水よりもみづみづしくて青蛙 没しはじめしうすら…

竜胆

校長の役は校長村芝居 橋本榮治 黒日傘目深に隠れ逢ふごとし ほんだゆき 青春はリュックの匂ひ花カンナ 大谷昌子 あめんぼう水を掴みて流れけり 市村健夫 秋天をまるく切りたる鳶かな 大谷昌子 終戦日厚くて甘き玉子焼 栗山よし子 浜木綿や風に燈台寂びゆけ…

きらきらと秋の彼岸の椿かな 直江木導 色鳥や霧の晴間の日の匂ひ 大場白水郎

根岸善雄『光響』(角川学芸出版、2011年)を読む

『光響』は根岸善雄の第四句集。「馬酔木」同人。十五句抄。 蒼天のひかり聚めて冬桜 ひつじ雲うさぎ雲草笛欲しや かぎりなく柳絮睡りの中を飛ぶ 梅雨穂草水より淡きゆふべ来る 湿原の天眩しめば鶴鳴けり たまきはる螢火の燃え尽きざるや 碧潭の底まで透くる…

伊香保

蒼穹を鵙ほしいまま曼珠沙華 川端茅舎 日暮るるや空のはてより秋の汐正岡子規 海女深く息づく秋の潮かな 潁原退蔵 刈込みし山美しや小鳥網 松本たかし

小川楓子

かなしみに芯あるゆふべ鶴来るよ 夕涼のくきくきとゆく一輪車 たふれたる樹は水のなか夏至近し 渡り鳥シーツに椅子の影落ちて 小鳥来る夜の番地のありにけり あの白い駅までの息探梅行 泣顔のあたまの重さ天の川 こまやかな雨の色なる千鳥かな

月草や澄みきる空を花の色 大島蓼太

橋本榮治『麦生』(1995年、ふらんす堂)を読む

『麦生』は橋本榮治の第一句集。「枻」代表。十五句抄。序 林翔 栞 野中亮介 装幀平子公一。 湯をかけて艫綱を解き漁始 寒柝の仕舞の一打われへ打つ 初蝶や児が追ふほどの速さにて まつすぐに降る雪はなく積りをり 双肩に月光重し裘 空いまも無垢の蒼さや仏…

石蔦岳 『岳』及び『虎月』抄

涅槃西風御手洗団子蜜垂らし 天と地の境は浅葱雪の果 陽炎のくるぶしあたりより立てり 晩餐に豚の耳削ぐ五月祭 舎利塔の天に宝珠を抱く夏 胎内のものの眠れる繭を掻く 夏花摘夕日のやうな朝日つれ 初富士や箔一枚を置くごとし 汗滂沱たるおのが身のゆらぎを…

馬酔木第102巻第9号

湖畔道肺の奥まで風涼し 小森泰子 エプロンの紐を蝶々に暑に耐ゆる 藤井明子 一山を一寺の占むる青葉風 松田多朗 海鳴りや白鷺峽の深くまで 久留米脩二 夕虹やゆつくり外すイヤリング 大上充子 半島の先は荒海棕櫚の花 一民江 月は影囲うて声の蟇 平田はつみ…

盆の月

泉辺にとどまらんか友訪はんか 中村草田男

馬酔木第102巻第9号

涙つぶ程の蛍をたなごころ ほんだゆき 海胆取の岩をへだてて交はす声 小田司 声高く解く纜や朝曇 丹羽啓子

酔芙蓉

ふるさとの土の底から鉦たたき 種田山頭火 よき声の鳥を近くにハンモック 渥美絹代 山椒魚身じろげば水みじろぎぬ 長谷川櫂 十六夜の雨声しばらく蓮にあり 水原秋桜子 月の出の棚雲染まる青葉木菟 岡田貞峰 松蝉や肩より乾く汐仏 白澤よし子 白樺を抜けてア…

吉田哲二『髪刈る椅子』(2023年、ふらんす堂)を読む

『髪刈る椅子』は吉田哲二の第一句集。俳人協会会員。「阿吽」同人。十五句抄。序 塩川京子 産声のひときは高し実南天 鬨の声もて始まりし水あそび 団長の長き鉢巻秋高し 体重をペダルに集め山若葉 子の手ごとオールを掴むボートかな 登山帽梢にかけて顔洗ふ…

馬酔木第102巻第8号

扇子一本足す身軽さの旅鞄 村上絢子 更衣十字架は常にわが胸に 中島久子 青芝の弾力を踏みかをり踏み 馬屋原純子 八月が去る近き蟬遠き蟬 橋本榮治 持ち上げて底からも見て蝮酒 野中亮介 悪筆は奇才のあかし酔芙蓉 平子公一 虫すだく野へ月光の惜しみなし 小…

筑波山

昼寝覚うつしみの空あをあをと 川端茅舎 桑畑を山風通ふ昼寝かな 松本たかし 昼寝覚凸凹同じ顔洗う 西東三鬼 わくら葉を指にひろへり長やまひ 日野草城 しろがねの水蜜桃や水の中 同上

煙突の林立静かに煙をあげて戦争の起りそうな朝です 橋本夢道 御嶽山の水を分かちて馬洗ふ 河野亘子

西瓜

レシートの舌長々と梅雨の底 藤井明子 諸鳥や五月の森の芳しき 間宮あや子 白南風や鷗連れ来る大漁旗土屋啓 指指して星の名を言ふ露台かな 市村健夫 悼 長谷川翠先生 翠黛の山に涼しき月上る同上

広渡敬雄『間取図』(2016年、角川書店)を読む

『間取図』は広渡敬雄の第三句集。俳人協会幹事。「沖」同人。十五句抄。 蛇ゆきし草ゆつくりと立ち上がり 裏返りつつ沢蟹の遡る 滴りのわが脈拍となりゆけり 凍蝶とつぶやく胸にしまふかに 凍滝の中も吹雪いてゐたりけり 腹擦つて猫の欠伸や夏座敷 甚平の飛…

熊谷

水の如く人恋ふことも蛍の夜 ほんだゆき 長谷川翠を悼んで 蛍火のひとつは天にのぼりけり 長谷川閑乙 黒揚羽祈るかたちに翅合はせ同上 大き耳輪ゆらして来るよ更衣 太田昌子

向日葵

星空へまだ温かき熊吊るす 甲斐由紀子 芭蕉布の暖簾越しなる海の音 山本潔 六月の風は海から来て白し 渡邊千枝子

『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店、2021年)を読む

『俳句で巡る日本の樹木50選』は広渡敬雄の著書。俳人協会幹事。「沖」同人。 「最近の俳句では、樹木も含めた自然が詠まれることが少なくなった。吾々は少しでも自然に眼を向け、その一員であることを自覚し、その素晴らしさとともに恐ろしさも知るべきだ…

青年の黒髪永遠に我鬼忌かな 石塚友二