愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

名言

三日

運命とはどこからかやってくるのではなく、人はそれを育みながら生きていく。生きるとは運命を開花させることである リルケ

サミュエル・ベケット『名付けえぬもの』

Where I am,I don't know,I'll never know,in the silence you don't know,You must go on,I can't go on,I'll go on.

冬の月

すべてのものにはひびがある。 そしてそこから光が差し込む。 レナード・コーエン

リヒャルト・ワーグナー

仕事をやるなら、上機嫌でやれ

ニーチェ

諸君はハムレットを解するか?人を狂気にするものは疑惑ではなく確かさである

ロマ書12章

Vengeance is mine,I will reply 復讐するは我にあり、我これを報いん

パスカル

光を閉じ込めようとしても、闇を閉じ込めることしかできない

小林秀雄「当麻」

美しい花がある。「花」の美しさというようなものはない。

「論語」雍也第六21

子曰わく、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり、知者は楽しみ、仁者は寿し。 子曰、知者楽水、仁者楽山。知者動、仁者静、知者楽、仁者寿。

ジョン・バージャー

愛は無垢(イノセンス)を授ける。 それは何物をも許さない。

ルソー『言語起源論』

人間にものを言わせた最初の動機が情熱であつたとすれば、その最初の表現はたとえであつた。比喩的な言い方が最初に生まれたのであり、語の固有の意味は最後に見出された

ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』

ジャンルを創設するか、廃棄するかのいずれかであり、完璧な作品にあつては、その両方が一体になつている

ヴァルター・ベンヤミン「歴史の概念について」

真の過去の像は、さっと掠めて消え去る。まさにそれが認識されうる瞬間に閃いて、二度と目にすることのない、そのような像としてのみ、過去は留め置くことができる

ヴァルター・ベンヤミン「物語作家」

何かを経験するとは、身に起きたことをいったん自分の中におとしこんだうえで、語り伝えられるようになることである。それにより、失敗も一つの経験として伝えられるようになる。このことは、他人に助言できる知恵を持つことでもあるが、そこに至る過程には…

ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』

批評とは、作品を壊死させることである

ヴァルター・ベンヤミン

夜を歩み通す時に助けになるのは、橋でも翼でもなく、友の足音だけだということを噛みしめたところだ。

石川啄木終焉の地

よい散文を書く作業には、三つの段階がある。構成を考える(作曲する)という音楽的段階、組み立てるという建築術的段階、 そしておしまいに、織り上げるという織物的段階である ヴァルター・ベンヤミン

北原白秋『雀の生活』

雀を観る。それは此の「我」自身を観るのである。それは此の「我」自身を識ることである。雀は我、我は雀、畢竟するに皆一つに他ならぬのだ。

古事記

吾は、悪事も一言、善事も一言、言離(ことさか)の神、一言主の大神ぞ

鴨長明 方丈記

がうなはちひさきかひをこのむ。これよく身をしるによりてなり。

イェイツ 学童に交じりて

踊り子と舞踏をどうして切り離しえようか。

ルソー 言語起源論

最初の言語は比喩的でなければならなかった。

山口誓子

大景は大志を育てる

勧 酒  (于武陵)   

原文 (書き下し文) 勧君金屈巵 君きみに勧すすむ 金屈巵きんくつし 満酌不須辞 満酌まんしゃく 辞じするを須もちいず 花発多風雨 花はな発ひらけば 風雨ふうう多おおし 人生足別離 人生じんせい 別離べつり足たる 井伏鱒二と「サヨナラだけが人生だ」(勧…

ジョエル・ピーター・ウィトキン

顔とは僕らがまだその実体を把握できていない魂の仮面である

マタイ伝

光は暗闇の中でこそ輝く

カント 実践理性批判

ここに2つのものがある。それは我々が、その物を長く思念すればするほど、新たな感嘆と畏敬の念を持って我々の心を余すことなく充足させるものだ。つまりそれは私の上なる星を散りばめた天空であり、私の内なる道德法則である。私はこの二つの物を暗黒に閉ざ…

セネカ

ひねもす走り果たせる者、夜の安きにつくことこそよけれ

デカルト 

明証的な直観と必然的な演繹以外には、真理の確実な認識へ向けて開かれた道は一つもない

ラ・ロシュフーコー 箴言

もし邪悪になれる力がなかったら、善行の故に賞賛されるには値しない。そうでない善行は、たいていの場合、怠惰か意志の弱さのことでしかない。