愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

描写

『通俗書簡文』樋口一葉

胡蝶の夢のまだ覚めぬ間に、花は青葉に成り申し候

若山牧水「比叡と熊野」

釣瓶打ちに打つような、初め無く終わりも無いやるせないその声、光から生れ光の中へ、闇から闇へ消えてゆくような声、筒鳥の声である

カーソン・マッカラーズ

東の空は冬のゼラニウムの色に染まった。

黄金比の朝 中上健次

眠りが固まらなかった。眼窩の奥、頭の中心部に茨の棘でさしたような甘やかな痛みがあつた。

中上健次 枯木灘

空はまだ明けきってはいなかった。通りに面した倉庫の横に枝を大きく広げた丈高い夏ふようの木があった。花はまだ咲いてなかった。毎年夏近くに、その木には白い花が咲き、昼でも夜でもその周囲にくると白の色とにおいに人を染めた

中上健次 風景の向こうへ

紀州熊野に行くたびに、私は何物かの強力な力によってあの岩とこの岩が2つに裂かれたと思う他ないごつごつした岩肌を見る。いや、強い陽の光を受けて光が緑の葉に当り、それがこぼれ落ちているのではなく、光が草の葉の内側からじくじくとにじみ出てくるの…

中上健次 千年の愉楽

明け方になって急に家の裏口から夏芙蓉の甘いにおいが入り込んできたので息苦しく、まるで花のにおいに息を止められるように思ってオリュウノオバは眼をさまし、仏壇の横にしつらえた台にのせた夫の礼如さんの額に入った写真が微かに白く闇の中に浮き上がっ…