愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

萩原朔太郎

詩は真実のことを嘘のやうに言うものだ

永田耕衣 山林的人間 s45.10俳句評論

永遠は哀愁の肉体であり、また心でもある もうじき野菊の花が咲き乱れる。力むことはなかろう。

西脇順三郎 旅人かへらず

草の実の ころがる 水たまりに うつる 枯れ茎のまがり 淋しき人の去る

弓張月

降りてくる春の帽子を押さえつつ 黛まどか祈るべき天とおもえど天の病む 石牟礼道子

藤田湘子 私詩からの脱出 s45.4俳句

伝統とは、受け継いだ遺産の上に、その時代の新しい息吹をつぎこんで、時代の要請に応え得るいとなみだ

俳諧大要 正岡子規

空想と写実と合同して一種非🈳非実の大文学を製出せざるべからず

アンナ カレーニナ トルストイ

少し持ちこたへて、弾ける。その泡は私だ。

秀作の秘密 飯田龍太 昭和42年4月23日毎日新聞

いちばん大切なことは、じょうずな俳句を作る方法はあるが、立派な俳句の作り方は教わりようがないということ。 それをみずからのこころの中に捜し求めているひと。そのひとが、俳句の秘密を知った人だ

十口抄 宗祇

凡そ歌人と云は、ただ情欲を離れ、心を空虚にもちて、いささかも執をとどめざらんことなり。されば歌人たらんは人は、花に対して花を見、月に望みては月をあはれみ、当一念一念の風景をあはれみて、二念ヲとどめざるべきなり。ただ歌人は、儚きを下とすべき…

徒然草 第百五十五段 兼好法師

四季はなほ定まれるついであり。死期はついでをまたず。死は前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人皆死あることを知りて、まつこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る、沖の干潟の遥かなれども、磯より潮の満つるが如し

佐藤鬼房「俳句の風土性にふれて」s38.3俳句

風土というものは、人間のあるかぎり、歴史的な時間性がかかわってあるものだ。私にとって、風土は人間の生成する地盤のあらゆるものを指したい。 俳句も風土や歴史を除外しては考えられない。 歴史的な、人間的な地盤の絡み合う風土が詠われてもよいと思う…

上弦の二

徘徊の母を日傘に包み込む 江藤隆刀庵 雪がふるおとぎ話をするやうに 赤繁忠宏 空也の声空也を離れ陽炎へる 岩本茂

三日月ロック

雲は雪の芯となりゆき昼灯す 安藤喜久女

若山牧水

春真昼ここの港に寄りもせず岬を過ぎて行く船のあり

「俳句の造型について」金子兜太 昭和32.3及び32.3「俳句」

「造型」は直接結合を切り離し、その中間にー結合者としてー「創る自分」を定置させようとするものなのです。そして、その場合「観念投影」者たちの「自己という人間」の表現に払われた努力と、新興俳句の人達の構成操作の着目の双方が、是非とも引き継がれ…

高村光太郎「造形美論」

(造形美とは)すべてそういう類の生命感をそれぞれの技術によって得ようとすることである。

フィリップ

ディレッタンティズムの時代は過ぎた。今や野獣の生きるべき時代である。

返り花

解体のビル折れ曲がる残暑かな 那須淳男 肘打ち合うて敬老の日の別れ 平子公一 一人遊びに慣れてトマトを丸かじり 西川織子 火の如き望郷夾竹桃咲けり ほんだゆき 木ノ実落ちつぐ胸奥の谺かな 同上 波の岩波立たぬ岩秋涼し 小田司

エールビール

転ぶ子にちちんぷいぷい花野行く 徳田千鶴子 長き夜や気づけば遅きことばかり 同上 稲びかり言葉探して会ふ人と 同上 敗戦日生きて愛さず愛されず 渡邊千枝子 髪黒き母より知らず秋袷 同上 大き帆に校章掲げ航く九月 小野恵美子 喧嘩神輿駆けて海道沸騰す 同…

茂林寺

分福の福の字は化け狸かな 分福の福の字の化け狸かな

金子兜太 俳句と社会性(アンケート)s29/11「風」

社会性は「素材」なりとする意見は、社会的事象が意識的に素材として採り上げられる、その現象面のみをみたもので、根本を見ていない。ただ、この意見から教えられるのは、そざいとしてのみ扱う者に対する警告としての意味である。感動がないから、スローガ…

suzumeya coffee

白木蓮咲く水音の空のいろ 梶原三邦 永日や波のかたちの皆違ふ 鈴木貞雄 映像の癌美しや寒燈 高野ムツオ 夕空や群れて淋しき曼珠沙華 徳田千鶴子

秋元不死男 「もの」と俳句 s29.9「俳句」

俳句をつくるときはまづ俳人にならなくては駄目なのだといふ。俳人になるといふのは、完成を目指して俳句をつくる詩人になるといふことであります。 象徴ではなく「もの」の生命感をつかまへようとしてゐる。

「風景俳句」楠本憲吉 (s28.4「俳句」)

今日の風景俳句とは、畢竟感性的なリアリズムの上に立ち、浪漫詩的精神の場に繋るものであらねばならない。

クロノスの舌 富沢赤黄男 薔薇 s28.1〜

「寓意」は常識的であり、「象徴」は非常識である。 俳句の「滑稽」は往々「寓意」の常識性の場を指して居る。が「象徴」はむしろ「痛苦」であり、間隙を辞さぬ烈しい応射である 「寓意」は妥協的であり、「象徴」はむしろ拒否的でさへある。 象徴は間接的な…

俳人格 平畑静塔 馬酔木s26.4

俳人としての人格完成とは、具体的に云ふならば、俳句を通して世に処し、俳句のために生きるといふことである 根源を追ひつめること俳人の生活なのである。さうして高まってゆくのが俳人格といふものなのである。我々には俳句の場として以外の生活はないはず…

「運命に安んずる」高濱虚子「立子へ」より(玉藻)

姉は姉、妹は妹、世上の人は世上の人、皆それぞれの運命がある。運命に安んずるか、安んじないかだ。安んずるとは、境遇から来る幸福を意識することだ。(要約)

俳句カレンダー2022101112

象の背な越えて広場に小鳥来る 藤井圀彦 鶺鴒の早瀬の石に彈みけり 金沢伸展 ふるさとの青空連れて小鳥来る 高橋康代 虫送る火のしんがりに神の闇 百合山真苗 秋の雲よりへら鮒の釣られけり高宮義治 萱の穂の濡れ色風を離さざる 良知悦郎 白山へ一礼をして松…

八ヶ岳

鈴虫や闇の舞台をほしいまま 大高霧海 馬追のみどり透くまで鳴き通し 及川茂登子 初萩のしだれはやがて白き風 佐々木青柚 馬柵いつか花野の柵となつてをり朝雄紅青子 それぞれに違ふぬくもり秋灯 渡部美知子 金継ぎの金の細さよ二日月 辰巳奈優美 野分晴鼻を…

朝顔のふるへる水をかけにけり 今瀬剛一 水引草山に近づく径ぬるる 石原英子 溝蕎麦や水車は水を遊ばせて 今順子 朝顔の庭はきやすき男下駄 梅津智子 流れ星をさなき願ひにこそ光れ すずき巴里 新涼や名画を運ぶ白手套 武田佐自子 しんぞうをドンと花火がお…