愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

植田桂子

星屑を沖へ傾け葛湯吹く

  筑紫野の雲かげ淡し雛の市

  とりどりの栞聖書にさくら草 

  リヤカーに乗る子押す子や麦の秋

  紫陽花忌頭上の星の濃くなりて

  風鈴や藍の香のこる母の帯

  祈る手をほどきて受くる菊の花

  冬薔薇ピアノの蓋を固く閉づ

  水よりも雲のひかりて初桜

  時計草うしろ向きにも咲きにけり

  終戦日真白き皿を重ねけり

  風花や匂袋の縫ひ上がり

  胸元の騎士の刺繍や梅二月

  茉莉花を拾ひて夜もにほふ指

  命毛に墨のぼりゆく菊日和

  祖母よりの真綿に雛を納めけり

  囀や筆尻に溶く藍のいろ

  蜂蜜に匙とられたる春の風邪

  山の日に届きさうなる柚子もぎぬ

  磯波のをりをり高し薺粥

  教会へ木の実草の実踏みしめて

島々に闇ゆきわたり冬至

十字架に如月の雲触れてゆき

   大河より大河に岐れ燕来る

   若鮎のひと跳ね山の晴れ上がり

   カクテルに果実をひとつ巴里祭

  遠峰に雲ゆつくりと垣手入 

 浜の子の声の太さよ氷菓

 七夕や船に近づく街あかり

 花冷や小箱にもどす香袋

 里神楽一笛星を弾き出し