愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

『伊豆の踊子』より

海はいつの間に暮れたのかもしれずにいたが、網代や熱海には灯があった。肌が寒く腹が空いた。私はどんなに親切にされても、それを大変自然に受け居られるような空虚な気持ちであった。明日の朝ばあさんを上野駅まで連れて行って水戸までの切符を買ってやるのも、至極あたりまえのことだと思っていた。何もかもが一つに融け合って感じられた。

船室の洋燈が消えてしまった。船に積んだ生魚と潮の匂いが強くなった。真暗ななかで少年の体温に暖まりながら、私は涙をでまかせにしていた。頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零れ、その後には何も残らないような甘い快さだった。