愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

虚子俳話 s34.1

旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子

庭に佇んで居たときのことである。大空には冬日が小さく固くかかっていた。

風もなかった。

音もなかった。

鳥も飛ばなかった。

人も居なかった。

私が頭をめぐらした瞬間に今まで小さかつた冬日が大きな旗のごとく広がつて天の一角に棚引いた。

大きな光の豊旗雲であつた。

冬日のある示現であつた。

小さく天にかかつていた冬日が、ある瞬間鶴翼を広げて見せた威容であつた。

冬日を存問する人間に対する荘厳な回答であつた。

風もなかつた。

音もなかつた。

ただ小さい固い冬日があつた。

その冬日は、忽ち天涯に威容を示した旗のごとなびく冬日であつた。揺らぎつつある光の溶鉱炉であつた。