愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

藤井あかり 俳句界2022年11月号より

窓越しに君には見ゆる冬の雨 藤井あかり

二人でよく通った喫茶店。冬には温かい飲み物を注文し、とりとめのない話をしたり、お互い好きな本を読んだりしてすごした。

不意に君が「雨が降ってきたよ」と言ったので、顔を上げたけれど、私の座っている席からはよく見えなかった。腰を浮かしてみようとしても、角度による窓の光具合、翳り具合、そして単純に視力の違いもあったのだろう。雨は見えないままで、そして、異動してまで見ようともしなかった。

代わりに、雨を見ている君を見ていた。君にだけみえている、寒々と降る細かな冬の雨を思い描いた。

窓越しの雨だけではなく、君には見えて私には見えない、また私には見えて君には見えない、そういうものが本当にたくさんあったような気がする。そこに寂しさを覚えたこともあれば、補い合ってゆけると思い込んだこともあった。

でも、読者の方々には各々「君」に誰かを重ねていただければと思う。いや、むしろ個人的な背景や思いを手放していくために、私はこれまで俳句を作ってきたのかもしれない。

君が、そして私がいつかいた景色。今そこに私たちはいないけれど、代わりに誰かがいてもいい。