愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

中上健次 千年の愉楽

明け方になって急に家の裏口から夏芙蓉の甘いにおいが入り込んできたので息苦しく、まるで花のにおいに息を止められるように思ってオリュウノオバは眼をさまし、仏壇の横にしつらえた台にのせた夫の礼如さんの額に入った写真が微かに白く闇の中に浮き上がっているのをみて、尊い仏様のような人だった礼如さんと夫婦だった事が有り得ない幻だったような気がした

補陀落といふまぼろしに酔芙蓉 角川春樹