愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

朝井リョウ プルタブの開く音。

帰りの遅い父の食卓にあった缶ビール。そこから拝借する形で飲んでいた母の赤い頬。大人はどうしてこれが美味しいのかと不思議だった、親戚だらけの大晦日。コンビニで気軽に酒を買う先輩をやけに大人に感じた上京後の春。独特の苦味を初めて美味しいと感じられた瞬間の、ほんのちょっとの照れくささ。そのとき隣にいてくれた、今は連絡先もわからぬ友の笑顔。

変わらないでいてくれる音は、記憶の中に立つ旗だ。

大きな仕事を終えた後、チームでグラスを差し出し合った夜。子の住む街で新参顔の顔をしている両親と、初めて同じお酒を飲んだ店。ひとりでこっそり、肩書きも役割も脱ぎ捨てて楽しんだとっておきの高価なおつまみ。