愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

甲斐由起子『耳澄ます』(ふらんす堂、2022年)を読む

『耳澄ます』は甲斐由起子の第三句集。「天為」同人、俳人協会会員。十五句抄。

 

春耕の人をはなれず群雀

夜雨いつも穂高を濡らすそぞろ寒

感冒のはじめ甘美なる戦慄

艫綱に貝みつしりと白露かな

八ヶ岳月光に虹あらはるる

凍蝶の花びらになりゆかむとす

夜神楽の火のあかあかと尾根照らす

首振つて翅を呑み込む守宮かな

冬の蠅おのが影より薄くあり

春立つや呼べば目尻のうごきたる

あたたかや大往生の口を開け

色鳥の散らせる羽根を栞とす

死者のほか恃むものなし寒昴

葉木菟たましひの耳澄ますらむ

山眠る散りしばかりの花匂ひ