愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

THE YELLOW MONKEY『SICKS』レビュー

第1 雑記

  まずは、『SICKS』(THE YELLOW MONKEY)から。同バンドの六枚目のアルバム。読んでの通りだが、SICK(病気)の複数形(造語)とSix(6)がかかっている*1このタイトルからもある程度推測できるように、アルバムコンセプトは、「狂気の中にある美しさ」だと思う。

  個人的には受験期間中にひたすらきいていたため、苦しかった受験期がまざまざとよみがえってくる作品。  

     なお、評価方法については承前ブログコンセプト - 愛ね、暗いね。

第2 CDの評価

 1各曲の評価

    1.RAINBOW MAN (7:42)

       ★★ 

  アルバムの最初の曲は、アルバムの印象を決定づける。特に、冒頭の30秒くらいは本当に大事だ。

  残念ながら、このRAINBOW MANは、初聴した人に『SICKS』は駄作なのでは、と思わせる出来だ。

  最後に盛り上がりをみせるが、そこまでが単調すぎる。サビに入ったことにも気づきにくい。そのサビもレインボーマンを繰り返しているように聞こえる。

 ラストのクライマックスに至るまでに、聞き手は聴くことをあきらめてしまうのではないか。私には捨て曲だった。

    2.I CAN BE SHIT, MAMA (4:32)

  ★★★★

  「あっかんべーしたまま」。実際、そう歌っている。

  

 

  私は、このアルバムはここから始まると思っている。

  

 

  THE YELLOW MONKEYの気概を感じる曲。

  彼らは学園祭のようなバンドばかりのJ-POPシーンに辟易している。

第一に、

  『裏か表か』は100年後の歴史が決める。

  「アッカンベーしたまま、時代に合わず だから切り裂く」

  そして「誇りを守る」

  という歌詞がこの気概を示すし、

第二に、

  Radiohead『OK Computer』のライナーノーツでも、吉井氏は同旨の発言をしている。

 以上の二点から、その気概を歌った(あるいは謳った)ものとみていいだろう。実質的なアルバムのスタートで、シーンに殴りこむという姿勢を見せている点で評価できる曲。

    3.楽園 (4:45)

  ★★★★★

  推測の域を出ないが、ドラッグの歌だと思う。

 「静脈のハイウェイ→動脈のハイウェイ」と歌詞変更させられた理由も、ドラッグを連想させるからだといわれている。また、メンバーもインタビューで「この曲が何を歌ったものかはファンの方にはわかっているだろうが」的なぼかした表現をしている。

 曲自体の完成度は高い。このアルバム唯一のシングル曲。ファン投票8位。同バンドのシングル売り上げ枚数5位。

 歌詞としては、「愛と勇気と絶望を両手に持って」楽園に行く点がよい。愛と勇気だけで生きていけるのはアンパンマンのような正義のヒーローだけである。絶望も抱えて生きるのが人間であり、また人生であろう。まあ、ドラッグに逃避するのはどうかと思うが。

 「猫も連れて行こう」というフレーズも面白い。吉井氏の作詞は、あほでエロい、本能的なところを感じるが、ときにこの文脈ではこの表現しかないというドンピシャな表現(しかもそういうときはたいていユーモラス)がある。ほかには、「創生児」の「アホのソテーができるぜ」とか、「紫の空」の「5足で1000円の靴下さ」など。

    4.TVのシンガー (4:22)

  ★★★★

  自らへの皮肉であると同時に、2同様に、J-POPシーン全体に対する皮肉。

  3rdアルバム『jaguar hard pain 1944〜1994』収録の『ROCK STAR』も参照。

  Led Zeppelinの「Black Dog」のリフに似ている気がする。

 5.紫の空 (5:43)

  ★★★★

  前述の「5足で1000円の靴下さ」が秀逸。私は、安売りしている靴下を見るとついこのフレーズを口ずさんでしまう笑

  アダルトな雰囲気とアダルトな歌詞がマッチしている。江戸川乱歩の小説のような世界。この後、殺人・傷害があってもおかしくない。狂気の中にある美しさ・愛というコンセプトがよく出ている。

  

    6.薬局へ行こうよ (1:36)

  ★★

  悪いが、JAMセッション、お遊びの域を出ない。The Beatles後期「Abbey Road」のB面と似たところがあり、あれが好きなら行けるだろう。

    7.天国旅行 (8:27)

  ★★★★

  ファン投票5位。

(1)  これもドラッグソングだと思う。根拠は歌詞。

①「けしの花びら」「さえずるひばり」。

② 天国は本来一度いったら、帰ってこれない。そこに「旅行する」というからに「旅行」は比ゆ的にとらえるのが妥当。

 薬物使用の恍惚感を「トリップ」というし、「狭いベッドの列車」で旅行するというのだから、ベッドでできる行為で「トリップ」する必要がある。その後の、「偽物の安らぎ」「薄れていく意識」という単語も考え合わせると、薬物使用の恍惚感と考えるのが自然ではないか。

③「すべてにやさしい愛も今はいらない」という歌詞も、同じドラッグソングと推測される「楽園」の「絶望」も持っていこうという歌詞と一致する(この根拠は補足的)。

(2) また、「つくしんぼう」は強烈。そこだけならユーモラスなんだが、曲全体を締めている言葉になっている。うまい。

    8. 創生児 (5:08)

  ★★★★

実験的で興味深い歌。

自分の中の天使的・善き面を兄と喩え、悪魔的・悪しき面を弟として、声音とパートを分けて謳っている。ステレオできくと、音もまた「守りたい~」から左右に割れる。

「二重人格の歌」といわれるが、そうではなくて、もっと普遍性がある。「ひとりの人格の中の葛藤の歌」と捉えるべきだろう。漫画なんかでよく、人間の頭上あるいは脳内で、天使と悪魔が囁き合っている、あの図を歌にしたものだ。

いがみ合ってるかと思ったら、結局、最後はラーラーラーと一緒に歌っているのは、笑える。

    9.HOTEL宇宙船 (4:44)

  ★★★★

(1) セフレの歌。ラブホでのセフレとのセックスをややぼかしてうたっている。

 ア「鍵」はホテルルームのカギ。満天の星空は部屋のスターライト。

 「ジェット噴射並みだよーシュバーシュビドゥバー」は露骨な射精。

 「めきめき太くなれ」や「生死(せいし)」も性的表現。

 きりがないのでこの辺で。

 イ また、恋人同士なら、ヘリウムで声を変える必要はない。だから、性交渉限りの相手とみるのが妥当。

(2)恋人とのセックスを描くのではなく、セフレとのセックスを描くのがTHE YELLOW MONKEYの良さだ。

 ア ところで、私はユーミン中島みゆきさんどちらか甲乙つけろと言われると、ユーミンより中島みゆきさん派だ。中島さんの曲は、弱者や何か欠けている者、を描写している曲が多く、それらの曲はとてもドラマチックだからだ。例えば、明け方の吉野家を描く「狼になりたい」、男にふられた後の女を描く「別れうた」。

 うまくいっている者・強者を描くことにドラマはない。ユーミンの楽曲がよいことは認めるが、その詞はうまくいっている者・強者を描く曲が多いと思う*2

 イ 同様に、恋人との話を描くのは、ありふれていて安っぽい、ドラマに欠ける。リア充なのだ。「掃いて捨てるほど愛の歌はある」(「楽園」)。食傷気味。

 例えば、初期のMr.Childrenは甘ったるいラブソングを歌っていたが、見かねたプロデューサーの小林武史が「恋の歌はやめれ」と助言している。結局、ミスチルは多少ともこの路線から脱却し、「深海」などを経て、音楽的に大きくなった。

 それでも、Mr.Children歌詞のベースには一定の恋人・想い人がいる。これに対して、THE YELLOW MONKEY歌詞のベースには、この曲が典型的なように、一定の恋人・想い人はいない。これは小さなようで大きな違いで、黄猿さんの歌詞は、少なくともステレオタイプなチープさを払拭できている。何かが欠けているから、セフレに走るのだ。そしてそこにはドラマがある、あるいは潜んでいる。

(3)ラスト

 

 

 は逆再生らしい。10花吹雪とつながって良好。

    10.花吹雪 (4:35)

  ★★★★★

(1)前の9HOTEL宇宙船から曲がつながっている。一体感があってよい。

(2)名曲だ。ファン投票3位(私も一票投じた笑)。

 狂気の中にある美しさ、というコンセプトはこの曲で最もよく体現されている。そういう意味で、アルバムのハイライト。

 桜の下には死体が埋まっているんだそうだ*3

    11.淡い心だって言ってたよ (6:06)

  ★★★★★

  (1)私は、ロックバンドのバラードには聞き入ることが多い。経験則上、良い曲が多いからだ。

  この曲もその一つ。個人的には、とても好きな曲。日曜の午後のこういう時間が人生で一番幸せなんじゃないか、と思うことがある。ちなみに、Blankey Jet Cityの「イチゴ水」もなぜか似た情感を思い起こさせて好きだ。

  ファン投票・・私はこの曲にも一票投じたのだが、見事に死票

 (2) あと、歌詞がいいね。

 ア  「とてもとてもメビウスです」はさすがに耳を疑ったけど。笑

 イ 「自分だけ器用に生きてみたとするよ 全ての人がたとえば失敗だらけの人生でね」「この話はやめとこう 君に嫌われそうだ」

  一瞬、「始めた話、やめるんかいっw」と思ったが、

  黙して語られないことのが大事だ。本曲の精神はここにあるのかも(憶測)。

 あえて行間を読めば、「人生でね」~でもそういう風に生きて楽しいのか。本当の幸せは、失敗も成功も無関係ない、時間がゆっくり流れるこういう日曜の午後にある」「でもこういう感情を言語化することは不可能であり、言葉にした瞬間にこの感情は似て非なる感情にかわる。」だから「この話はやめとこう」~この感情・日曜の午後の貴重な時間を壊したせいで~「君に嫌われそうだ」

 うん、こじつけだな。好きに解釈できる部分で面白い。   

  

  

    12.見てないようで見てる (4:35)

  ★★

  歌詞の男の気持ちは分かる。だが、楽曲としての完成度が低い。ラフで、つくりこまれた感じはない。それがいいのかもしれないが、うーん。

    13.人生の終わり(FOR GRANDMOTHER) (12:53)

  ★★★

  人気曲かな。この曲をフェバリットにあげるファンは意外に多い。

 

  吉井さんがU2のOneに着想を得てつくったらしい。

  が、この曲を聴くならOneを聴いたほうがはるかにいい。父子の話を書いた曲で、あの曲は傑作だ。この曲は二番煎じなうえ、長すぎる。

  ちなみに、この時期だったと思うが、(あるいは解散後だったか?)、吉井さんは名曲名盤の類を聴きまくっていたらしいね。

 2裁量点

 (1)アルバム全体

  原則的に「狂気の中にある美しさ」というコンセプトが貫かれている。

  ただし、6.12、さらに3は、このコンセプトから外れており、満点をつけるわけにはいかない。

  そこで、★4.5を裁量点として与える。

  なお、ドラッグの影響があるアルバム、と思っている。が、そのことはアルバム 

 自体の評価は下げない。倫理的・法的には問題あるかもしれないが、そのことによ

 って、たとえばSgt.Peppersやjimi Hendrixの作品(一連のサイケロック作品)の音楽的な評価は下がらないと思うからだ。このアルバムの音楽的価値も同様。

(2)その他

 なし。

3CDの評価

(1) 計算式

ア 2+4+5+4+4+2+4+4+4+5+5+2+3+4.5=52.5

イ 52.5÷14=3.75

ウ 3.75×2=7.5

(2)結論

 準名盤。 

*1:似た着想にMansunの「SIX」。

*2:無論、例外はある。ジブリ風立ちぬ」の主題歌に採用された「ひこうき雲」など

*3:谷崎潤一郎の『刺青』に「肥料」と題する絵の話がある。耽美的。