愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

杉原祐之句集『十一月の橋』(2022年、ふらんす堂)を読む

『十一月の橋』は杉原祐之の第二句集。山茶花同人。夏潮運営委員、俳人協会会員。 栞岸本尚毅。 15句抄。

 

本著は著者よりご恵贈賜りました。記して御礼申し上げます。

クレヨンを買うて帰らう花菖蒲

おでん屋の湯気の奥なるテレビかな

嬰児に顔まさぐられ春の夜

真直ぐな道真直ぐに雪が降る

妻に子がくつついて寝る野分かな

夜桜へ二階の窓を開け放つ

どこまでも子に誘われて落葉径

だぼだぼの雨合羽着てボート貸す

吠ゆるやうに斉唱しをるラガーかな

もつと大き朴の落葉を見せくるる

みどり子の肌の初湯の玉しづく

一枚の羊毛として刈り上ぐる

卒園の近くて帽子小さくて

煙草吸ひながら夜店の魚捌く

赤き灯を小さく燈し蛍舟

今田清三句集『岩桔梗』(私家版)を読む

『岩桔梗』は今田清三の第三句集。馬酔木同人。俳人協会会員。  15句抄。

まだ白き富士をマストに海開

岩桔梗紫紺いちづに亨の忌

雪渓のひかりを天に群青忌

駒鳥や山田あまねく水湛へ

竜胆や雲つかむごと岩梯子

立冬や天透きとほる分水嶺

どの日々もたふとし介護日記果つ

匂ひ立つ闇ほのぼのと梅真白

鶏頭のくれなゐ深し震災忌

菊の香やことにゆつくり車椅子

虫しぐれ記憶なくせし人に添ひ

波音をかぶる天窓寒造

山の夜は山を語らひ夏炉燃ゆ

しろがねの常念岳統ぶる天の鷹

なほ白き富士天心に利休の忌

本著は著者よりご恵贈賜りました。記して御礼申し上げます。

『毛の国の』星野乃梨子(2010年.角川学芸出版)を読む

『毛の国の』は星野乃梨子の第一句集。運河同人。 序 茨木和生 15句抄。俳人協会栃木県支部事務局次長。

栗の花少年飛込台蹴つて

黒揚羽熊野の闇を剥がれ飛ぶ

暮れてなほ冬雲陸のごとくあり

草の絮真昼の月と気づくまで

綿虫を胸の高さに見失ふ

対岸の野火音もなく立ち上がる

若鮎は月の光に遡る

一斉に鳩は光へ七五三

耳朶厚き仏彫りけり朴の花

口紅の折れてしまひし近松

畳拭き上げ夕立の音軽し

耳朶につけたし寒の三日月は

草虱剥ぐふりをして触れてみる

改札にずつと手を振る夏帽子

火の神となれる校長キャンプの夜

本著は著者よりご恵贈賜りました。記して御礼申し上げます。

阿吽2023年1月号より

くろがねの罠洗ひ居る猟夫の手 松本英

耳洗ふ雨となりけり枯木山 同上

一枚の陵の空蒼鷹 同上

胸張つて鳩歩みくる小春かな 吉田哲二

逆らはずゆく雑踏や冬ぬくし 同上

脚上ぐるすなはち歩む冬の鷺 同上

鍋焼や胴着のままの子と並び 同上

ドーナツの穴より覗く世は小春 同上

割箸のすぱつと割れて風鶴忌 三栖隆介

みぎひだり無き軍手干す終戦日 岡野美代子

海鳥を空へ吹き上ぐ冬怒涛 藤田明子

土塊に止まりては飛ぶ冬の蝶 宮崎トミ子

漁り火の一つ動きぬ神の旅 渡部福王

七種粥


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親猫はずつしり重し冬ごもり 日野草城

冬籠なべて妻子にさからはず 金子星零子

スキー穿く旗風天に鳴りやまず 中島斌雄

直立のスキーに手掛け立ち憩ふ 山口誓子

 

疵癒えて指先の忘らるる冬ごもり 正木浩一

錐もめば錐に寒灯のぼりくる北光星

常闇を火の渡り居る懐炉かな 小杉余子

他郷にて懐炉しだいにあたたかし 桂信子

半生も過ぐ湯たんぽに足のせて 伊丹三樹彦

 

スケートの暁紅の影走りいづ 中村信一

スケート場海光の青の窓を嵌む石田波郷

『山羊の乳』渡部有紀子(2022年.北辰社)を読む

『山羊の乳』は渡部有紀子の第一句集。天為同人。 序 日原傅 15句抄。俳人協会会員。

 

 

 

神迎ふ湯屋より湯気を太く立て

如月や銀鼠の傘細く締め

二階より既に水着の子が来る

蒼天の光をさばく銀芒

アダムよりエヴァの背高し聖夜劇

スケートの輪を抜けてより母探す

月蝕を蜜柑二つで説明す

初御空胸に真白き矢を抱く

たましひに匂ひあるなら花柊

秋澄むや手毬の中の銀の鈴

両肩に光すべらせ甘茶仏

朝市の魚に歯のあり復活祭

三角が威張つてゐたるおでんかな

馬の首高く居並び賀茂祭

朝焼や桶の底打つ山羊の乳

集ひきてここに師のなき椅子寒し

己が手を描くデッサン秋日濃し

 

 

本著は著者よりご恵贈賜りました。記して御礼申し上げます。