愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

栃木

土屋文明

刺身にもなるとこんにやく買ひくれぬ下野は楽し我が隣り国

入りて問ふ右も左も牛小屋にてにれがむ牛の我を見上ぐる 立ち上がるおほどかにして肥えし牛かかる善き牛に触れしなかりき 厚着して人等働く冬早くその冬長き国の思ほゆ 時雨する伯耆の国に一夜寝るその大山に雪ふるといふ 冬の森の中に古りたる一木ありその…

はつふゆの月

花をへし桜の若葉朱になびく湖の光に遊ぶ日もなし 土屋文明 鴨一羽ゆたけきは幾年ぶりなるぞその青首を割きつつ食らふ同上 追悼斎藤茂吉 ただまねび従ひて来し四十年一つほのほを目守るごとくに 同上

ほととぎす痛恨常に頭上より 山口草堂 木から木へこどもの走る白雨かな 飴山實

立冬

柳吹く九月九日君を訪ふあるひは永きわかれかなしみ 土屋文明

秋惜む

わが馬酔木ほの紅ににほひ来て朝なあさなのたぐさなかりけり 春暑き午後の光のてりつけて青草の土手に潮みちたたふ 向ふ岸に淡き夕日のさし居りて草に満ちたる潮に下りゆく 東みなみの空に浮く雲かがやきて東みなみの風は吹くかも 以上 土屋文明

弓張月

降りてくる春の帽子を押さえつつ 黛まどか祈るべき天とおもえど天の病む 石牟礼道子

上弦の二

徘徊の母を日傘に包み込む 江藤隆刀庵 雪がふるおとぎ話をするやうに 赤繁忠宏 空也の声空也を離れ陽炎へる 岩本茂

三日月ロック

雲は雪の芯となりゆき昼灯す 安藤喜久女

返り花

解体のビル折れ曲がる残暑かな 那須淳男 肘打ち合うて敬老の日の別れ 平子公一 一人遊びに慣れてトマトを丸かじり 西川織子 火の如き望郷夾竹桃咲けり ほんだゆき 木ノ実落ちつぐ胸奥の谺かな 同上 波の岩波立たぬ岩秋涼し 小田司

suzumeya coffee

白木蓮咲く水音の空のいろ 梶原三邦 永日や波のかたちの皆違ふ 鈴木貞雄 映像の癌美しや寒燈 高野ムツオ 夕空や群れて淋しき曼珠沙華 徳田千鶴子

室の八嶋

松虫の鳴く夜は松の匂ひかな 沙平

下り簗

また違ふ香水過る夜会かな 吉田千嘉子 うしろよりよき風のくる土用灸渥美尚作 朝の蝉井戸の周りの濡れて居て 栗原憲司 河馬がばと炎天の水割りにけり 谷口智行 円陣を組んで噴水立ち上がる 頓所友枝 巡礼のリュックをおろす泉かな 大北昌子 子の肩のてんたう…

鰯雲

踊りゆくをどりの指のさす方へ 橋本多佳子 底紅や大絵馬に鷹剥落す 坂口緑志 妻恋へば七月の野に水の音 角川源義 山吹や花散りつくす水の上 正岡子規 猿酒と信ずる猪口をさし出せり 山尾玉藻

木幡神社

朝月を高きに溶かす峠道 松浦敬親 星までの闇の空白蕎麦の花 樋口保 鵙日和水は流るること忘れ 新井秋沙 廃線の草を跨いで墓参せり 同上 石蹴つて秋の夕日に当たりけり 同上 橋桁の古き落書飛蝗とぶ 須田眞里子 昏鐘や篁を萩あふれたる 田中泥炭

茶果

高原の夏の小菊を花束に 禰宜田潤市 春を待つ影あるものの命かな 同上

立待月

肘張りて新酒をかばふかに飲むよ 中村草田男 青林檎真っ白に剥き青を捨つ 上窪青樹 雲の峰黒板消しの匂いかな 同上 虫籠に溜まるか月の光なら 大島雄作 死ぬ人は吾を忘るる鰯雲 同上

上弦

重陽の夕焼を見るいくたりか 阿部みどり女

はなこころ

鈴虫の声水となり風となり堀口星眠 灯かざせば鈴虫移る松の幹 木津柳芽 鈴虫の高音に心つきゆけず 中島秀子 遅月の雲険しくて轡虫 水原秋櫻子 森を出て会ふ灯がまぶし轡虫 石田波郷 朝霧の雨となりゆく草ひばり 冨岡掬池路

ウツボカズラなど

芍薬を剪り弔へ身づくろふ 野中亮介

芋虫

友死すと掲示してあり休暇明 上村占魚 秋扇や高浪きこゆ静けさに 水原秋櫻子 檜原湖 七夕の湖漕ぐ舟を鵜が追へる 同上

海の日の水はじきたる子の背中 市村健夫 男手に育ちし男の子冷し瓜 緑川啓子 ゆづり葉や生きるといふは遺さるる角川春樹 落ちてすぐ風に解かるる落し文 北川みよ子 己が身の短き影や炎天下 石井清一郎 月光に愛されて滝ますぐなり奥坂まや いつさいの音のは…

遠白き峰刃文のごとく雪連ね 岡田貞峰 地吹雪の中を発ちゆく救護橇 根岸善雄 あかつきの沼の面はがし雁発てり 小森泰子 月光に影をあつめて冬の雁 一民江 描き居し仔馬が顔を寄せてくる 藤野力

柳絮

海の波砕けて鳴らず花大根 中西舗土

ザリガニ釣

星ひとつ出れば星空夏料理 野中亮介上蔟や澄みて膨らむ山の月同上

大西朋

口開けて鯰のたくる草の上 波の音聞きつつ復習ふ祭笛 あめんぼに張り詰めて居る水面かな

山田真砂年

できたての湯葉の甘さよ山眠る どぢやう鍋悪事企むこと楽し 辞書入れて残暑の重さ革鞄 汗の顔力抜くとき笑ひとなる みささぎの水に育ちし稲を刈る 水澄んで影たひらかに湖国かな 雪道の汚れはじめて村に入る 抑へても肩が笑へり黄水仙 降参のごとく手袋干さ…

大中寺 あじさい

庭石のひとつが蟇の声を出す 山本一歩 蚕豆のさみどりやさし兄の忌よ 白澤よし子

日光

翳りても曇らざりけり春の水西村和子 春の川奏づるところ照りにけり 同上 蟻が蟻の頭乗り越え穴を出づ 深見けん二 先生は何時もはるかや虚子忌来る 同上 ゆく春や青鮫の声譜に移す 佐怒賀正美 滝桜この世は江戸の彼岸かな 同上 春暁やいつまで回る水車 柿本…

夕顔の音だったのか声だったのか 池田澄子 若芝に影とならざるものもあり 星野高士 輪をゆらし大きな石鹸玉つくる山西雅子 がらがらと山崩しては栄螺選る 南うみを 夏来る榛名十峰色たがへ 木暮陶句郞 どつしりと尻をつけたる菖蒲風呂 仙田洋子