愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

野中亮介

壇ノ浦上潮尖る葉月かな

木の宿の木の風呂鶉鳴きにけり

豌豆や子がそつと出す通知表

盆提灯たためば熱き息をせり

烏瓜のため一山の涸れ尽くす

寒林に寒林の空映す水

春満月映す漆を重ねけり

少年に男の香あり冬木立 

つまさきに力をこめて巣立ちけり

田螺やや腰を浮かせて歩み出す

紅梅の影置く畳湯の滾り

引潮の脛に分かれてゆく春か

号泣をひき擦つてゆく夜店かな

猟銃音ひれ臥すごとき家ばかり 

賞与月電車吊革みな揺るる

先生もふらここ軽く漕ぎて去る

笹粽添へ詫状のただ一語

数へ日や小鈴つけたる裁ち鋏 

なんど数へても違ふ雪の夜の乗客

火のいろの残るみほとけ寒の鵙

鉄棒のしづかに濡れて卒業歌

鴟尾高く雲の生まるる挿木かな 

クローバー摘み転校に終はる恋 

春の風邪腹話術師も人形も  

朧夜のまろばせて買ふ銀の鈴 

議長交代して冷房を強くせし

松手入晴天音を返したる

一塊の闇の進める踊かな

栗飯の栗持ちあげて炊き上がる

北斗星枯野の人を導けり

炉開やまらうどはみづうみを来し

種袋海あをあをと膨れ来る

抽斗に聖書ひとつや更衣

初秋や布巾におほふ哺乳瓶

籾殻の付きし卵や文化の日

今度は嫁連れて来るとふ囲炉裏かな

鑑識の這ふ凍天のアスファルト

馬鈴薯の花ゆふぐれに汽車は着く

うすらひのこの世を離れはじめけり

どろどろと鰻を桶に落しけり

しろたへの余呉しろがねの初諸子

枯れきざすものより光りはじめけり

喪心の定まってきし葛湯かな

斎場に畳む日傘となりにけり

母のほか汗して母の棺出す

夜毎鳴く風鈴夜毎鳴かせをく

玄海の鷹を弓手に巻き取りぬ

取り分の決まりて猪を捌きけり

綿虫や遠弟子として生きて来し 

ひとひらのあと全山の花吹雪

わだつみや月下に壱岐のひと雫 

守るものあれば汗かく恥もかく

持ち上げて底からも見て蝮酒

じやんけんのみな手袋の同じ色 

獅子舞の歯の根合はざる山の冷

純白の湯気立てて人愛すなり