愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

Queen洋菓子店


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早春のセーラー服が息づけり 高峯秀樹

雲の峰巨大マンション土台とす 同上

菊着せて菊師が姫に魂入れる同上

船客はすべて同胞秋夕焼 同上

たましひのしづかにうつる菊見かな 飯田蛇笏

わがいのち菊にむかひてしづかなる 水原秋桜子

水底のもみぢと浮いて居る井芹真一郎

みごもれる子にいちじくのやはらかき 持田きよえ

周平の里の時雨て居るばかり 斎藤峯男

飼葉桶底まで舐めて馬肥ゆる 朝雄紅青子

旅先に出会ひて冬を連れ帰る戸田一雄

待ち人の靴音さがす冬館 由良ゆら女

山茶花や石屋の石は日に眠る渋谷準次

高らかに響く槌音山笑ふ 由良桃子

文化の日少し厚めの卵焼き 高山由美子

少年の母を裏切りたき聖夜 宝絵馬定

 

『俳句の音韻について 母音を中心として』 渡邉建彦 を読む

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「かつらぎ」同人。

元医学部教授。

の第一評論集。

 

10万句にわたる俳句の分析が素晴らしい。

俳人がおそらくそうかもしれないなと思っていることを、数字及び分析をもって明確に提示したことが大変有意義。

さらに俳響点という概念の提案は新たな視座を俳壇に提供するもの。

p83のB法については、離れて繰り返しが存在していても、「頭韻」(上五頭・中七頭・下五頭の母音あるいはバイグラム)または「脚韻」(上五末・中七末・下五末の母音あるいはバイグラム)は意味が有るのでは無いかと思う。

これも別の観点でCなどとして評価し、一定の評価点の配分を検討してみても面白いのではないか。

データ集のみならず、俳句史を踏まえての立体的な検討が読んでみたい。

 

メテオール


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一生を一壺に納め蜆汁 江田ゆう

メレンゲの泡の角立つ復活祭 菰田きく絵

まつすぐにひかりを求め蘖ゆる 坂本緑

口開けて象が水浴ぶ穀雨かな 野島正則

神木の張り根ふとぶと一の午 松井恭子

陽炎を来る人遠ざかるやうに 森川敬三

fudan cafe


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熊笹に虫とぶ春の月夜かな 前田普羅

蹴あげたる鞠のごとくに春の月 富安風生

 

春の月産湯をすつる音立てて 石田波郷

誰か手をたたく春月出てをりぬ 川崎展宏

朧三日月吾子の夜髪ぞ潤へる 中村草田男

朧夜や殺してみろといふ声も 高浜虚子

浴身月出てすぐに朧なる 野澤節子

火の山の太き煙に春の星 高野素十 

牧の牛濡れて春星満つるかな 加藤楸邨

 

根岸善雄 第三句集『松韻』を読む


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『松韻』は根岸善雄の第三句集。

十五句抄

八月の海峡まぶし烏賊を干す

月明の湖に白鳥珠となる

鷺草の地に曳く影も風に舞ふ

雁ゆきて夜はしろがねの結氷湖

てのひらにともる螢のつめたさよ

椎の木に水のにほひの熱帯夜

花のあと群青の山毛欅の空

止り鮎水底を日の移りけり

翅立てて鳴く邯鄲のうすみどり

青葦に夜の沈みゆく遠雪加

日を載せて淵をめぐれる花筏

こころ飢ゑゐたる南蛮煙管かな

まどろみの落花のなかに醒めて候

日照雨過ぎたる凌霄の花雫

大年の汐騒松に韻きけり

 

*本書はご遺族より頂戴致しました。記して感謝致します。

野中亮介

壇ノ浦上潮尖る葉月かな

木の宿の木の風呂鶉鳴きにけり

豌豆や子がそつと出す通知表

盆提灯たためば熱き息をせり

烏瓜のため一山の涸れ尽くす

寒林に寒林の空映す水

春満月映す漆を重ねけり

少年に男の香あり冬木立 

つまさきに力をこめて巣立ちけり

田螺やや腰を浮かせて歩み出す

紅梅の影置く畳湯の滾り

引潮の脛に分かれてゆく春か

号泣をひき擦つてゆく夜店かな

猟銃音ひれ臥すごとき家ばかり 

賞与月電車吊革みな揺るる

先生もふらここ軽く漕ぎて去る

笹粽添へ詫状のただ一語

数へ日や小鈴つけたる裁ち鋏 

なんど数へても違ふ雪の夜の乗客

火のいろの残るみほとけ寒の鵙

鉄棒のしづかに濡れて卒業歌

鴟尾高く雲の生まるる挿木かな 

クローバー摘み転校に終はる恋 

春の風邪腹話術師も人形も  

朧夜のまろばせて買ふ銀の鈴 

議長交代して冷房を強くせし

松手入晴天音を返したる

一塊の闇の進める踊かな

栗飯の栗持ちあげて炊き上がる

北斗星枯野の人を導けり

炉開やまらうどはみづうみを来し

種袋海あをあをと膨れ来る

抽斗に聖書ひとつや更衣

初秋や布巾におほふ哺乳瓶

籾殻の付きし卵や文化の日

今度は嫁連れて来るとふ囲炉裏かな

鑑識の這ふ凍天のアスファルト

馬鈴薯の花ゆふぐれに汽車は着く

うすらひのこの世を離れはじめけり

どろどろと鰻を桶に落しけり

しろたへの余呉しろがねの初諸子

枯れきざすものより光りはじめけり

喪心の定まってきし葛湯かな

斎場に畳む日傘となりにけり

母のほか汗して母の棺出す

夜毎鳴く風鈴夜毎鳴かせをく

玄海の鷹を弓手に巻き取りぬ

取り分の決まりて猪を捌きけり

綿虫や遠弟子として生きて来し 

ひとひらのあと全山の花吹雪

わだつみや月下に壱岐のひと雫 

守るものあれば汗かく恥もかく

持ち上げて底からも見て蝮酒

じやんけんのみな手袋の同じ色 

獅子舞の歯の根合はざる山の冷

純白の湯気立てて人愛すなり