愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

短歌

窪田空穂

為べき用傍におきて、眼をそむけ空を見るなり、見る空はたのしとはあらず、為べき用しばし忘るる楽しさに 鳴く蟬を手握りもちてその頭をりをり見つつ童走せ来る 鳳仙花ちりておつれば小さき蟹鋏ささげて驚き走る 『鏡葉』より

この先のわが楽しみも苦しみも逝きし母とは分かち合うなし

焼骨

この骨がどこの骨とかどうでもいい母が帰ってくるはずもなく

この装置外せば母は生きられぬ今宵も髪を撫でつつ眠る

「延命はしない」と母の言ひにけりハイビスカスに沖よりの風

ハイビスカス

延命はしないと母の告げにけりハイビスカスの日を浴びて咲く 延命をしないと母の言ひにけりハイビスカスの日を享けて咲く

連山と桜吹雪を見るたびに母ありし日と思ふのだらう

この先も桜の花を見るたびに母ありし頃と思ひつるらむ この先も枝下桜を見るたびに母ありし頃と思ひつるらむ この先も枝垂桜の散るたびに母ありし日と思ひつるかも

三月十一日に学生を見て思う

寝転びて語らふ夢や川音のさやかに芽吹く白木蓮の花

毎日を母と話さむ花苺 膝に寝る子の入園も初恋も母は見られず春の三日月 膝に寝る子の卒業も初恋も母え見ざらむ春の三日月 月明に苺の花の散るごとし 膝に寝る子の卒業も初恋も母は見ざらむ春の三日月

わが胸に蜘蛛巣喰ふなり垂乳根の母の命の長さ知るより わが胸に蜘蛛巣喰ふなり病む母の命のながさ知らさるるより わが胸のブラックホール病む母の命のながさ知らされしより わが胸に黒拡がりぬ病む母の命のながさ知らされしより わが胸に黒巣喰ふなり病む母…

花苺

行く末や苺の花を見るほどに母逝く頃を思ひ出すらむ 垂乳根の母は小さき星のごと苺の花のごとありしかな 月明や苺の花の咲くほどに母逝く頃を思ひ出すらむ 花苺見るたび母を思ひ出す 月明や苺の花を見るほどに母逝く頃を思ひ出すらむ

村上蛃魚こと村上成之

砂原も焼きて只照る日の影に松葉牡丹は諸向き咲けり

永遠のごとき時間や月明に子は妻の乳呑みつつ眠る 月明に時間(とき)は止まりぬ子の妻の乳吸ひながら落ちゆく眠り

近藤芳美

深く立つ杭を灯はてらしつつおのづから湧く地下の霧あり

けふできてもあすはできぬといふははのゆびのふるへをもろてにつつむ 今日できること明日できぬとふははのふるへるゆびを握りてつつむ 今日できること明日できぬとふ母の震へる指や諸手に包む けふできること明日できぬとふ母の震へる指や春の三日月 けふな…

葛原妙子

なにか長きひと世を意識すとなりびとがテムポの遅きオルガンを弾く

わが而立清く正しく美しく魂高く生くるべきなり

魂の穢るる如し他人(ひと)がため首相がために嘘をつけとは

火のごとく暖かく火のごとく激しき君なりき白夜の逢瀬

塚本邦雄

馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人恋はば人あゆむるこころ