愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

短歌

春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ 前川佐美雄

プチポワ・ア・ラ・フランセーズ

今日も又月の輪郭なぞりつつ閉す日記の鍵の小さし

本田一弘 『あらがね』より

さんぐわつじふいちにちにあらなくみちのくはサングワ ヅジフイヂ二ヂの儘なり 東北(とうほぐ)は二千五百四十六(にせんごひゃくよんじふろぐ)のゆぐへふめいのいのちをさがす

草の餅

難波門に漕ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲そたなびく

上巳

ひとしづくほどにひひなの灯をともす物いふ声の細く涼しき

恵方巻

はりはりとセロファンは鳴り花束の多く行きかふ街に風吹く 横山未来子 樹下に餌を隠す鴉のゆふやみよ言葉かぶせてひとのゆふやみ 小原奈美 口語「た」に代わる短歌における「ぬ」の重用 高良真美 口語の中に投げ込まれた文語の異物感は、発話の自然さを壊し…

聖歌隊胸の高さにひらきたる白き楽譜の百羽のかもめ 杉崎恒夫 たくさんの空の遠さにかこまれし人さし指の秋の灯台 同上 春雷のあとの奈落に寝がへりす 橋本多佳子

二日

夏の日は母の烈しさ 総身を子に与へつつ燃え尽きゆきぬ 徳高博子 夕まぐれ油を移しつつ思ふあぶらの満ちてゆくはたのしゑ 岡井隆

銀杏散る

しら珠の数珠玉町とはいづかたぞ中京こえて人に問はまし 山川登美子

嘘にウソ塗り固めれば影よりも闇より黒い躰と心

杉良介

形代のふたり離れて流れ出す 口笛に高音の出て愛鳥日 みちのくの桜に籠る天守かな 大根の肩そびやかす奴を抜く そこでなと間を置き榾を裏返す 和讃 花びらをひろげつかれしおとろへに牡丹おもたく萼をはなるる 木下利玄 我声の風になりけり茸狩正岡子規 茸狩…

電気椅子に座るがごとし歯科医師のドリルの音に口を開け居て

夜半覚めて子らの寝息を聞き居たりふと浮かびたる去勢の不安

お丸山

わが国は筑紫の国や白日別(しろひわけ)母います国櫨多き国 青木繁

石川啄木終焉の地

よい散文を書く作業には、三つの段階がある。構成を考える(作曲する)という音楽的段階、組み立てるという建築術的段階、 そしておしまいに、織り上げるという織物的段階である ヴァルター・ベンヤミン

シャッターの閉まるは海猫鳴くに似て君にあひたし夜のプラタナス

北原白秋『雀の生活』

雀を観る。それは此の「我」自身を観るのである。それは此の「我」自身を識ることである。雀は我、我は雀、畢竟するに皆一つに他ならぬのだ。

會津八一

雨含む風や晩夏のたなごころ 中西夕紀 苔の階苔の畳や霧のぼる 同上 どの水も千曲に注ぎ青田波 同上 よしきりや佐久の平の水勁し 原雅子 ひらけば地図に霧の流れて山国は 同上 芳名の失せてゆくなり油照 仲寒蟬 百日紅いくつも過ぎてふるさとへ 同上 鮎釣の…

喜連川

時おをき老樹の雫落つる日のしづけき雨は朝にこそあれ 若山牧水

佐久平

望の月鯨の海を照らしけり 亀井雉子男 くれないの鱗となりし鱗雲同上 賢治忌の星空近く眠りけり 同上 藁塚に隠るる鬼の遊びかな 同上 虫の闇その闇にみな眠りけり 同上 身ほとりの木より草より秋の声 同上 山坂を髪乱れつつ来しからにわれも信濃の願人の姥 …

文芸選評

左手にペットを飼っているやうにスマートウォッチがはしやぐ令和だ 触れられぬ時間を命名した五月令和はいつから令和らしいか 星座だけ同じ好みも考えも違う二人で令和を生きる 平成と令和のいいとこ取りをしてあっという間に平和になれよ

なかがわ水遊園

街灯と月との蝕よ天国にあらねば門はたやすくひらく 高良真実

桜野

家出してあなたの部屋で起きる朝マザー・テレサのページをめくる 鳥居

山中智恵子

岬にはむらさきふかき神います扇一揆の雪のあけぼの

花ミモザ

手を伸べていづれと摘むにたゆたひぬ笛にと思ふ清き茎草 雲よむかし初めてここの野に立ちて草刈りし人にかくも照りしか 清潔な自然と、対峙しつつ、それにはじらうごとく触れる人間の心を初々しく描く 人物のかすかな心のゆらぎ 内省的心情、神秘との交信、…

スイートピー

雲海のはたてに浮ぶ焼岳の細き煙を空にしあぐる 窪田空穂

窪田空穂

兄川にならぶ弟川ほそぼそと青山峡を流れてくだる

月朧

わが恋は知る人もなしせく床の涙もらすな黄楊の小枕 式子内親王

みづからを「僕」とし名乗り始めたる子と人参を花型に抜く

親子

「ただいま」と言えば子ら寄るけふ外に門松飾つた頭を撫でる