愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

短歌

鳥羽水族館

青葉嵌めて晴れたる空やもみ干せり ポプラ空を刷きたる後の深さかな 重田徳 この道を泣きつつ我の行きしこと 我がわすれなばたれか知るらむ 田中克己 ちらと燃えて燃えのいのちの堪へがたく夜空をぬひて流るるものか 大岡信

侘助

勇魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ 万葉集 巻十六・三八五二

鈴木晴香

自転車の後ろに乗ってこの街の右側だけを知っていた夏 年輪の外側に立つわたしたち未来の蜘蛛や蜻蛉にであう 落ちないでいる岩と落ちてしまう岩どちらも君のようだと思う 火照る顔ふたつを窓に映しつつケーブルカーで夜へと下りる 木下龍也

後の月

順徳院「八雲御抄」 おほよどの浦にも今は松もなく、住吉の松にも浪かけず。されどもなほいひふるしたるさぢをよむべし。 かくは思へども、今は又珍しき事どもいできて、昔のあとにかはり、一ふしにてもこのついでにいひつべからむには、やうにしたがひて必…

秋刀魚

しるしなきけぶりを雲にまがへつつ夜を経て富士の山と燃ゑなむ 紀貫之 眠る山或る日は富士を重ねけり 水原秋櫻子 秋の富士日輪の座はしづまりぬ 飯田蛇笏

夏の月

春の夜はほのぼのあけぬけふもまた思ひくらさむゆく末のこと 土岐善麿

茅花流し

をのこやも名は立てずとも富まずともただひたぶるの生ならばよし 佐川仁一

日のかげは青海原を照らしつつ光る孔雀の尾の道の沖 十返舎一九

春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ 前川佐美雄

一本の樫の木やさしそのなかに血は立つたまま眠れるものを 寺山修司

きのうよりわずかに長き秋の夜仙台平の袴をたたむ 逢坂みずき

プチポワ・ア・ラ・フランセーズ

今日も又月の輪郭なぞりつつ閉す日記の鍵の小さし

本田一弘 『あらがね』より

さんぐわつじふいちにちにあらなくみちのくはサングワ ヅジフイヂ二ヂの儘なり 東北(とうほぐ)は二千五百四十六(にせんごひゃくよんじふろぐ)のゆぐへふめいのいのちをさがす

草の餅

難波門に漕ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲そたなびく

上巳

ひとしづくほどにひひなの灯をともす物いふ声の細く涼しき

恵方巻

はりはりとセロファンは鳴り花束の多く行きかふ街に風吹く 横山未来子 樹下に餌を隠す鴉のゆふやみよ言葉かぶせてひとのゆふやみ 小原奈美 口語「た」に代わる短歌における「ぬ」の重用 高良真美 口語の中に投げ込まれた文語の異物感は、発話の自然さを壊し…

聖歌隊胸の高さにひらきたる白き楽譜の百羽のかもめ 杉崎恒夫 たくさんの空の遠さにかこまれし人さし指の秋の灯台 同上 春雷のあとの奈落に寝がへりす 橋本多佳子

二日

夏の日は母の烈しさ 総身を子に与へつつ燃え尽きゆきぬ 徳高博子 夕まぐれ油を移しつつ思ふあぶらの満ちてゆくはたのしゑ 岡井隆

銀杏散る

しら珠の数珠玉町とはいづかたぞ中京こえて人に問はまし 山川登美子

嘘にウソ塗り固めれば影よりも闇より黒い躰と心

杉良介

形代のふたり離れて流れ出す 口笛に高音の出て愛鳥日 みちのくの桜に籠る天守かな 大根の肩そびやかす奴を抜く そこでなと間を置き榾を裏返す 和讃 花びらをひろげつかれしおとろへに牡丹おもたく萼をはなるる 木下利玄 我声の風になりけり茸狩正岡子規 茸狩…

電気椅子に座るがごとし歯科医師のドリルの音に口を開け居て

夜半覚めて子らの寝息を聞き居たりふと浮かびたる去勢の不安

お丸山

わが国は筑紫の国や白日別(しろひわけ)母います国櫨多き国 青木繁

石川啄木終焉の地

よい散文を書く作業には、三つの段階がある。構成を考える(作曲する)という音楽的段階、組み立てるという建築術的段階、 そしておしまいに、織り上げるという織物的段階である ヴァルター・ベンヤミン

シャッターの閉まるは海猫鳴くに似て君にあひたし夜のプラタナス

北原白秋『雀の生活』

雀を観る。それは此の「我」自身を観るのである。それは此の「我」自身を識ることである。雀は我、我は雀、畢竟するに皆一つに他ならぬのだ。

會津八一

雨含む風や晩夏のたなごころ 中西夕紀 苔の階苔の畳や霧のぼる 同上 どの水も千曲に注ぎ青田波 同上 よしきりや佐久の平の水勁し 原雅子 ひらけば地図に霧の流れて山国は 同上 芳名の失せてゆくなり油照 仲寒蟬 百日紅いくつも過ぎてふるさとへ 同上 鮎釣の…

喜連川

時おをき老樹の雫落つる日のしづけき雨は朝にこそあれ 若山牧水

佐久平

望の月鯨の海を照らしけり 亀井雉子男 くれないの鱗となりし鱗雲同上 賢治忌の星空近く眠りけり 同上 藁塚に隠るる鬼の遊びかな 同上 虫の闇その闇にみな眠りけり 同上 身ほとりの木より草より秋の声 同上 山坂を髪乱れつつ来しからにわれも信濃の願人の姥 …