愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

馬酔木第102巻第8号

扇子一本足す身軽さの旅鞄 村上絢子

更衣十字架は常にわが胸に 中島久子

青芝の弾力を踏みかをり踏み 馬屋原純子

八月が去る近き蟬遠き蟬 橋本榮治

持ち上げて底からも見て蝮酒 野中亮介

悪筆は奇才のあかし酔芙蓉 平子公一

虫すだく野へ月光の惜しみなし 小森泰子

一舟の出でゆく釣瓶落しかな 大谷昌子

新藁の束子で蹄洗ひけり 曽根薫風

島出でし一族の墓洗ひけり 五領田幸子

木洩れ日をすくうてをりぬ捕虫網 能勢俊子

天涯の海鳴り冥き曼珠沙華 ほんだゆき

師のひと世直情といふ涼しさよ 小野恵美子

 

引鶴の声の名残りや夕の空 小川靖子

立子忌や絹張りの冊子膝に置く 同上

水澄みて心に船を浮かべけり 志村斗萌子

涅槃西風荷台の牛は高く鳴き 同上

沈下橋桜月夜となりにけり亀井雉子男

盆波や島のをとこの口説唄 同上

大土佐の上々日和縄を綯ふ 同上

肋骨のしなやかな線涼新た 吉田祥子

春浅し指先白く母の逝く 同上

濃紫陽花花に潮目のあるやうに 同上

背中掻く春には羽がはえるらし 同上

冬の蠅ぶんといのちを鳴らしけり 同上

結葉の綾濃く薄く秞子の忌 同上

すつぽりと湖抱きて山滴れり 西村紀子

汗の帽奪ふ騎馬戦雲白し 永沼りえ

手花火やみな燃え急ぐものばかり 遠藤ゆうや

花火待つ荒草匂ふ雨あがり 伊藤厚子

遠花火小児病棟くらくして 鈴木純子

ふる里の星の集まる帰省かな

山崎英治

小走りの幼の鞄初燕 板垣壽朗

白牡丹絹糸光りの日照雨過ぐ 上田未知子

苗植て新しき風息づける 金子浩子

一枚を脱ぎてすなはち更衣 山本敏

こだはりをぶつ切りにして大根煮る 松山敏子