愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

2025-01-01から1ヶ月間の記事一覧

郭熙『林泉高致』

行くべきものもあり、望むべきものもあり、遊ぶべきものもあり、居るべきものもあり、画およそその境地にいたれば、妙品に入る

最澄

愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄

フッサール

時間は意識ないし自我の働きによって構成されるもの。 時間はあるものではなく、われわれの経験の意味として語り出されるもの。

宇都宮城阯

ふりにける池の心は知らねども今も聞こゆる水の音かな 香川景樹

市ヶ谷

「山の頂上を見るのではなく、足元にある石ころを見なさい」 モンゴル語のことわざ

那波多目 功一  寂

筆をとれば物書かれ、楽器をとれば音をたてむと思ふ。盃をとれば酒を思ひ、賽をとればだ(双六)うたむことを思ふ。心は必ず事にふれて来る。『徒然草』第百五十七段

カスパール・ダヴィッド・フリードリヒ「落日をみつめる婦人」

孤独であることの憂愁・果たされざる夢の悲哀を彼ほど胸抉るように表現したひとは居ない。

瞬間が聖化され、永遠化されるといった突如たる感動

事実は、愛を通じて芸術となる。愛は事実を統一し、現実のより高い領域へとこれをたかめる。風景画の場合、一切を抱擁する愛を表すものは光りである。ケネス・クラーク『風景画論』 デューラー 森の中の沼

老木の悠々冬へ向ふなり 小出悠紀子 紫に明くる師走の灘凪げり 五領田幸子 冬日射す正倉院は玉手箱 芳井ひろみ 秘むる事の一つや二つ冬薔薇 竹原静子 雲の峰にも山育ち海育ち 甲斐遊糸 英雄はみんな嫌ひや螢の夜 同上 校庭にピストル響く紅葉晴 同上 新涼の…

寒月

過る春潮のみつより船出してなみの花をやさきにたつらむ 『山家集』

七種

七色に光る巻貝手に取つて夏の真昼の燃ゆる静けさ

冬の靄

「詩は感情の氾濫ではなくて、感情からの逃避なのである」(エリオット 「伝統と個人的な才能」)

初乗

ひとつの作品が対照の外観の模倣として人の眼を惹き付ける度合いが少なければ、それだけいっそう模様(パターン)としてわれわれの眼を喜ばせなければならない。そして象徴の芸術はつねに装飾の言語を発展させる傾向を持っている。 ケネス・クラーク『風景画…

境内に的射抜く音明けの春 柏原眠雨 搗くたびに野の色となる蓬餅 嵯峨根恭子 満身に富士の初日を寿げり 小川晴子

福笑

鶯刺して嬉しやな、花は散らせて嬉しやな。三千世界に火を放ち、この身ひとつが、鳥ぞ花ぞと舞ひ狂ふ 『世阿彌』山崎正和

善哉

まつすぐに伸びゆく道や初明り 星揚子 はるかまで海の伸びゆく初明り 仲栄司 檳榔の先に鎮まる海のあり一村の絵の奥はあたたか 森住昌弘 しばらくの後寒鴉歩き出す 笠原小百合

晦日蕎麦

束の中の矢に春泥を拭きしあと 業を終へざるものの心 ゆるされぬ心に生きて春を住む 春光や土竜のあげし土もまた 原石鼎