愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

柚子

雪渓に暁光の遠谺かな 松永浮堂 今日入りし港の船もクリスマス 水原秋櫻子 蚯蚓鳴く秩父は山も闇なして 橋本榮治 マニキュアの爪とがらせて冬ふかし 那須淳男 栞とす命名の日の櫨落葉 平子公一 一人づつ渡る木橋や草の花 丹羽啓子 墓碑銘は兄蘇峰の書竹の春 …

ヨシタケシンスケ展

騎初の馬首に天与の星白し 岡田貞峰

マリーゴールド

雪山に雪の降り居る夕かな 前田普羅 雪山を這ひまはり居る谺かな 飯田蛇笏 奉公にある子を思ふ寝酒かな 増田龍雨 空色の水とびとびの枯野かな 松本たかし そのあたり明るく君が枯野来る 西東三鬼

グスタフ・クリムト 生命の樹

残菊

囀や朝空に甲斐駒ヶ岳 嶺治雄 花の雲きりんの首が見えにけり 同上 鶺鴒の波音叩く別れかな 同上 菊を焚くけむりの折れてまたのぼる 宮津昭彦 山茱萸に日差しが咲いて妻の留守 同上 雪代山女湖底の村の上泳ぐ 同上 駒草の震へむとしてやみにけり 同上 ビアホ…

水澄む

例えば画家が絵を描くのは物を見て感動するからだ。生活のためということは別にして、感動がなければ描かないだろう。 かつて梅原龍三郎は富士山を見て感動し、傍らで画を描いている友人に、「もっと大きく富士を描け」と言ったそうだ。そしてその友人が稲を…

嘘にウソ塗り固めれば影よりも闇より黒い躰と心

天保三大家(櫻井梅室・成田蒼虬・田川鳳朗)を読む

十五句抄。 櫻井梅室 塵ほどに鳶舞上る卯月かな 水底の草も花さく卯月かな 椀の湯気額のゆげや納豆汁 亀の尾のみじかく歳は暮にけり 成田蒼虬 ひと雫するや朝日の福寿草 人ひとり田中にたちてけさの秋 羽をこぼす梢の鳶や小六月 橋筋は夜の賑ふしぐれかな 田…

酒 仕込み

寒柝の音花街に移りけり 蟇目良雨 いくたびも鮪を跨ぎ御慶かな 同上 将門の日照雨ぱらつく祭かな 同上 良寛の書の余白なる涼しさよ 同上 夕暮れの影をゆたかに芒の穂 同上 やはらかな十一月のものの影 同上 おんどりがめんどり庇ふ秋桜 同上 桂郎忌割箸を割…

釜川

俳句はいきいきと生きる主体のあらわれである 中戸川朝人 末期の眼に対抗できるのは、一會の覚悟だと思っている 絨毯を織る花野より風入れて 同上 サルビアの蜜を吸いてはまた泳ぐ 同上 甕伏する屋根にとどきて花瓢 同上

後の月

さくら咲く真昼は人を奪ふべし 佐川広治 盆唄のまづは山河を讃へけり 同上 寒鰤の光る背なやり捌きたる 同上 昼酒や味噌焦がしたる青朴葉同上 浅草へ電車いつぽん心太 杉良介 秋高く双手になにもなかりけり 鈴木しげを 夏帽の鍔より雲の湧く日かな 同上 刳丸…

地獄の季節 アルチュール・ランボー

また見つかった 何が 永遠が 海と溶け合う太陽が

上弦

後の月葡萄に核の曇りかな 夏目成美 十三夜孤りの月の澄みにけり 久保田万太郎 碧落に日の座しづまり猟期来る 飯田蛇笏

秋刀魚

ゆく秋をふくみて水のやはらかき 石橋秀野

有馬朗人集 塔第六集

ずずだまの穂にうすうすととほき雲長谷川素逝 荒削りとも言える力動的な美が自然の大景であるのに対し、人事句の完成美。前者はピカソ、男時。後者はクリムト、女時。 世紀末は女時、世紀初頭は男時になるのではないか。 野を焼く火百済の山を低くせり 越南 …

染谷秀雄『息災』(本阿弥書店、2023年)を読む

『息災』は染谷秀雄の第三句集。俳人協会理事・事務局長。「秀」主宰。十五句抄。 一滴を溜めて間遠の添水かな 翔けあがるときの雫や鳥帰る 新涼やものみな高く吊したる 一方のその手冷たし師は病みぬ 渡し場の旗の高さよ更衣 ゆるやかに廻りて戻る釣忍 葭叢…

小野あらた『毫』(ふらんす堂、2017年)を読む

『毫』は小野あらたの第一句集。「群青」所属「玉藻」編集長。序 佐藤郁良、跋櫂未知子、帯星野高士、装丁中原道夫。十五句抄。 掌に泉の雲の収まらず 上流に雲の淀める韮の花 山麓は湖に映らず夏燕 麦蒔や一歩一歩を柔らかく 動き出すまで掌のがうなかな プ…

善光寺

一足の石の高きに登りけり 高濱虚子 汗拭ひつつ小上りに声掛くる 栗山よし子 大ねぶた右手に月を引き連れて 伊藤ふみ 村人の影をつなげて踊の輪平田はつみ 陸奥の闇へねぷたの火の太鼓鈴木幾久 終電に走り込みたる祭上河原 大場ひろみ 鰡飛んでとんで定まる…

林檎狩

落る日や北に雨もつ暮の秋 炭太祇 二三人くらがりに飲む新酒かな 村上鬼城

山葵田

月山の胎内に入る茸採り 伊藤伊那男 母といふ澪標あり秋の空 德田千鶴子 笛吹川笛吹く風に桃熟れぬ 岡田貞峰 波裏を見せて秋濤裏返る 橋本榮治 も一人の吾に呟くや秋蛍 平子公一 火の国の水滔々と小鳥来る 工藤義夫 今生の今日が終りぬ霧の八ヶ岳西川織子

湖畔

胸にあるさざなみもまた水の秋 德田千鶴子 老鶯と師へ告げたれば師も仰ぐ 野中亮介 朧よりぬけきし猫の白さかも 白岩三郎 手紙にも君の早口年詰る同上 雫して卒業証書漉きあがる同上 まぼろしの戦艦ゆけり桜貝 同上 秋来ぬとサファイヤ色の小鯵買ふ 杉田久女

まるめろ

蓬生や日暮れておろす凧の音 桜井梅室

松本 諏訪

夕せまるこころに椋鳥の群れ渡る 原石鼎 草の実や影より淡くはしる水石橋秀野 佇めば身にしむ水のひかりかな 久保田万太郎

月見

蟻の列蟻の骸を避けにけり 雷の一筋沖へ分れけり 小野あらた

名月

十六夜や囁く人のうしろより 加賀千代女 栗飯のまつたき栗にめぐりあふ 日野草城 街の灯の一列に霧うごくなり臼田亞浪 別れ来て栗焼く顔をほてらする 西東三鬼

無月

牛の糶雪蹴散らして始まれり 大高松竹 銀杏にちりぢりの空暮れにけり 芝不器男

待宵

炎天を大きな耳の過ぎゆけり タイムカード押し雪掻に加はりぬ 登山ザック老犬のごと足元に 髪かけて耳みづみづし聖五月 椎名果歩

杉良介

形代のふたり離れて流れ出す 口笛に高音の出て愛鳥日 みちのくの桜に籠る天守かな 大根の肩そびやかす奴を抜く そこでなと間を置き榾を裏返す 和讃 花びらをひろげつかれしおとろへに牡丹おもたく萼をはなるる 木下利玄 我声の風になりけり茸狩正岡子規 茸狩…

雲隠れ

金色の尾を見られつつ穴惑 竹下しづの女 みみず鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ 富田木歩 紫蘇の実を鋏の鈴の鳴りて摘む 高浜虚子 紫蘇の実も夜明の山も濃紫木下夕爾

上弦から弓張へ

秋風や水に落ちたる空のいろ久保田万太郎 コスモスの風ある日かな咲き殖ゆる杉田久女 いちまいの刈田となりてただ日なた長谷川素逝 啄木鳥や日の円光の梢より 川端茅舎