愛ね、暗いね。

あるいは小さな夜の曲

俳句

西瓜

レシートの舌長々と梅雨の底 藤井明子 諸鳥や五月の森の芳しき 間宮あや子 白南風や鷗連れ来る大漁旗土屋啓 指指して星の名を言ふ露台かな 市村健夫 悼 長谷川翠先生 翠黛の山に涼しき月上る同上

広渡敬雄『間取図』(2016年、角川書店)を読む

『間取図』は広渡敬雄の第三句集。俳人協会幹事。「沖」同人。十五句抄。 蛇ゆきし草ゆつくりと立ち上がり 裏返りつつ沢蟹の遡る 滴りのわが脈拍となりゆけり 凍蝶とつぶやく胸にしまふかに 凍滝の中も吹雪いてゐたりけり 腹擦つて猫の欠伸や夏座敷 甚平の飛…

熊谷

水の如く人恋ふことも蛍の夜 ほんだゆき 長谷川翠を悼んで 蛍火のひとつは天にのぼりけり 長谷川閑乙 黒揚羽祈るかたちに翅合はせ同上 大き耳輪ゆらして来るよ更衣 太田昌子

向日葵

星空へまだ温かき熊吊るす 甲斐由紀子 芭蕉布の暖簾越しなる海の音 山本潔 六月の風は海から来て白し 渡邊千枝子

『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店、2021年)を読む

『俳句で巡る日本の樹木50選』は広渡敬雄の著書。俳人協会幹事。「沖」同人。 「最近の俳句では、樹木も含めた自然が詠まれることが少なくなった。吾々は少しでも自然に眼を向け、その一員であることを自覚し、その素晴らしさとともに恐ろしさも知るべきだ…

青年の黒髪永遠に我鬼忌かな 石塚友二

夏蚕

炎上のあとを止めて夏木立 高野素十 夏木この家に照りこぞりては去り難く 飯田龍太 だしぬけに滝匂ひくる木晩(こぐれ*1)道 能村登四郎 光り合ふ二つの山の茂りかな 向井去来 混浴や漁礁声出す茂りより 阿波野青畝 葉柳に舟おさへ乗る女達 阿部みどり女 花…

紫陽花 毛虫

夏氷挽ききりし音地にのこる 山口誓子 白玉やきいてはかなき事ばかり 篠田悌二郎 持ち古りし夫婦の箸や冷奴 久保田万太郎 鮨押すや折れむばかりに母は老湯山田みづえ 濡れて来し少女が匂ふ巴里祭 能村登四郎 河童忌の水滴しづむ泉あり 水原秋櫻子 鉾曳の大き…

夕影のどこより落つるビールかな 久保田万太郎 ビヤガーデン照明青き城望む 佐野まもる 父祖哀し氷菓に染みし舌出せば永田耕衣 氷菓もつ生徒と会へりともに避け 能村登四郎

心太

夜祭の灯の渦の天武甲聳つ 中田小枝 杉伐りの楔に応ふしづりかな 引間豊 海までの街の短し鯵を干す 神蔵器

小石川後楽園

蜩や水に親しきたなごころ曾根毅 胸中に入る新緑の山河かな松永浮堂 幕の内弁当ハンカチを膝に徳田千鶴子

苗札 夏蚕

瀬の岩に光陰すごす穴まどひ 秋元不死男 ライオンの欠伸火の色寒汽笛 同上 春夕焼け捨ててきしものみな赤く 鈴木大輔 餌を撒けば白鳥号に白鳥来 興梠隆 青春空を泳ぐがごとき機影かな 松波美恵 あたたかや革を以て研ぐ花鋏 森脇由美子 立春のミルクを沸かす…

徳田千鶴子

母在さば足らざるはなし花万朶

深川淑枝『海市』(2013年、文學の森)を読む

『海市』は深川淑枝の第三句集。俳人協会会員。「空」同人。十五句抄。 倒す樹に一礼をして冬木樵 消えてより強く匂へる畦火かな たてがみに風を飾りて仔馬駆く 陸深く鷗入りきし風邪心地 狼の居し頃の闇ふさふさと 自画像の鎖骨浮き立つ稲光 父葬りきて蜜を…

筍を剥く妻をんな盛りなる 棚山波朗 水車まだ水を落とさず波朗の忌 坪井研治 春の灯を分け合ふ人のなかりけり 太田直樹 波朗忌や錆ひとつなき白椿 武井まゆみ

柏餅

白粥にしづむ梅干二月尽 みの虫の月の光をのぼりけり 波郷忌の近づく松のひびきかな 鰭酒や夜は白波の響灘 榧の木の上の太白夕爾の忌 榾木積む湖北は星をふやしつつ 函嶺のうすむらさきの四月かな 大川の紺を遠見の出初かな 以上 大嶽青児

代田

膝ついて拭く床松の過ぎて居し 深川淑枝 竹筒の浅葱の匂ふ若井かな 同上 雨後の海遠くにひかり寒見舞 同上 根上りの松に風鳴る雛祭同上 身を折れば帯きしみたる朧かな 同上 沖へ海女送る纜解きにけり 同上 音たてて若布の乾く荒岬 同上

砺波

連山と雲の影なる代田かな

佐久平

望の月鯨の海を照らしけり 亀井雉子男 くれないの鱗となりし鱗雲同上 賢治忌の星空近く眠りけり 同上 藁塚に隠るる鬼の遊びかな 同上 虫の闇その闇にみな眠りけり 同上 身ほとりの木より草より秋の声 同上 山坂を髪乱れつつ来しからにわれも信濃の願人の姥 …

『沈黙の函』飯田マユミ(2023年、コールサック社)を読む

『沈黙の函』は飯田マユミの第一句集。俳人協会会員。「枻」同人。十五句抄。 影ひとつゆるがぬ真昼威銃 雁や掬へば消ゆる海の色 水滴の張りつくコップ原爆忌 セーターを着てやはらかき妻となる 金髪の弟のいる祭かな 寒紅は深紅生涯子を生さず 寒いのは羽を…

池田利子『蛍』(2023年、文學の森)を読む

十五句抄 白息を碁石に吹きかけ初手打つ 湯気あげて駿馬ぬたうつ春の泥 桜散る桜畳を厚くして 人に添ひ人に媚びざるつばくらめ 街の音消して泰山木の花 水底の拍動のごと泉湧く 大トマト日を溜め込みて熟れにけり 散骨船虹に向つて舵を切る たましひを擲つご…

初夏 人事

畦塗りてあたらしき野が息づける加藤楸邨 畦塗りのしづかな息も塗りこめて池田崇 田搔波きらめき居しが夜となりぬ 米沢吾亦紅 次の田へ瀬をかちわたり田掻馬 原柯城 苗代に一樹の蔭を濃くとどむ阿波野青畝 苗代の二枚つづける緑かな 松本たかし 早乙女の母を…

高崎城址

母乗せて押す車椅子風五月 井手澄子 少年の眉に闘志や聖五月永石清湖 鹿の子きて草の匂ひのここにまた 相馬黄枝 白鳥の色をもらひて昼の月大野英二 人には告げじ沈丁の解くまで 富尾和恵 茂吉忌や凛りんと鳴る風の川伊藤厚子 同僚を送る杯春しぐれ 大塚崇史 …

ふじ牡丹園 湯津上

一山の燃ゆる躑躅となりにけり 咲き満ちて牡丹の影なかりけり 葉ざはりの刃ざはりに似て笹粽 鷹羽狩行 帆柱を風駆けのぼる五月かな 同上 理髪師のひぢかろやかに室の花 下山春陽 着ぶくれの人より貰ふビラ一枚 林弓夫 羽子をつく音上にあり下にあり 星樹人 …

鯉幟

夜神楽の一番遠き星に礼 赤松佑紀 梟のこうえ星々を近づけず 同上 河豚捌く凪を待たずに刃を入れて 同上 面取られ面打ち返す寒稽古 菊地のはら

武具飾る

新緑や鳥啼きのぼるプラタナス

文旦

手袋や会社出づれば一人なる 宮崎淳 冬うらら順路に沿ふは途中まで 佐藤博美

桜湯 空2023年3月号4月号

初凪や女神へ酒の樽を割る 柴田佐知子 寒晴や懸垂の顔歪みだす 同上 薙刀を空へ突き出す飾り山笠 高倉和子 手拭の柄を揃経て夏祭 同上 馬の尾の大きくなびく飾り山笠 同上 いつせいに布巾干さるる祭あと 同上 オートバイ次々止まる卯波かな 中田みなみ 梅干…

雉2023年4月号

上棟の木組の匂ひ春立てり 田島和生 水車廻る水音春の立ちにけり 鈴木厚子

雉2022年11月号より

満州の盥のやうな大西日 西村千鶴子